第二話 繚乱の街・慟哭の聖女

その一

 ――ガナバス領サイパ


「まぁ、素晴らしい眺め!」


 馬車から降りたサクヤが感嘆の声を上げた。


 見渡す限り一面の花畑に色とりどりの花が咲き誇っている。


「ここサイパは花の産地としても有名なんだよ」


「花? だが花はすぐしおれてしまうだろ?」


「若さま、あれだよ」


 そう指さした先に、船が停まっている。


「船? 初めて見たが船は海に浮かぶ物ではないのか?」


 すると音もたてずに船が浮かび上がり、山あいを縫うように飛んでいった。

 よく見れば船の四隅には樽のような物がついている。


「浮揚船って言ってね。海に浮かぶことも魔導の力で空を飛ぶこともできるんだって」


「ほう」


「我が国にも王専用浮揚船マギア・ギュルテスというのがありますわ」


「へぇ、サクラさん詳しいんだねぇ」


「それはもう、何度も……」


「ウホホン」


「……何度も見た事ありますわ」


 イヌイの咳払いに慌ててサクヤは言い直した。


「あのさぁ、あれだけ派手に名乗りをあげてもうバレバレだよ? サクヤ姫様?」


「あう……それはそうですが、やはり無用な混乱を避けるために普段はサクラでお願いしますね」


「何処で誰が聞いているか分からんからな」


「はーい、若さまもいいね?」


「勿論だとも……ん? あれは何だろう」


 見れば黄色い背高の花の中を小さな白い花が動いている。

 そしてそれを追ってガラの悪い男たちが花をかき分けている。


「待ちやがれ! このガキ!」


 どうやら男たちは花を持った子供を追っているようだ。

 やがて追いついた男が花の中から五歳くらいの少女を引き上げた。


「離して! 離してよ!」


「ふざけるな! この花泥棒め! 早く返しやがれ!」


 遠くからでも男の怒鳴り声が響く。


 男が拳を振り上げるのを見たギタンが男達の方へ近づいていった。


「おい、お前達」


「何だテメェ、すっこんでろ!」


「なにやら泥棒とは穏やかじゃないな。事情を聞かせてはくれないか」


「うるっせぇ、関係無い奴は引っ込んでろ! それとも痛い目見てぇのか?」


 男はそう言いながら振り上げていた拳をギタン目掛けて飛ばした。


「ギャッ!」


 殴りかかった筈の男の悲鳴が上がる。

 拳を僅かに避けたギタンが男の鼻先に裏拳をコツンといれた。

 それだけで男の鼻はひしゃげ、鼻血が盛大に噴出した。


「よっと」


「ふぇ?」


 その拍子に少女を掴んでいた手が外れスルリと脇に来たエンが抱き抱える。


「ア、アニキ!」


「この野郎! 俺達をヘラス団と知ってケンカ売ってやがるのか!?」


「ヘラス団? 知らんなぁ。私達は今しがたここについたからな」


「よそ者がぁ! ならここの礼儀ってもんを教えてやるぜ!」


「ほう、ならば私にも教えて貰おうか」


 ギタンの傍らに立ったイヌイが静かに言った。


「構わねぇ! 畳んじまッパァッ!」


 言い終わらないうちにギタンの右こぶしがめり込んだ男は三回回って倒れた。

 残った四人が一斉に短剣を引き抜く。


 イヌイの腰の剣が一閃し、二人の剣を跳ね飛ばし、剣の腹で頭をうち据えた。

 白目を向いて二人が崩れ落ちる。


「こぉのおおおおっ!」


 もう一人がギタンに斬撃を送るがギタンはスッと避けるや手のひらを短剣に当てる。

 ブウンと低く唸る音が響いた瞬間、短剣が粉々に砕けた。


「ヒィッ!?」


 柄だけになった短剣を見て悲鳴を上げた男はギタンの軽い裏拳を食らうやいなや、やはり三回転ほど回って白目を向いて倒れた。


 最後の一人が人質にしようとサクヤに走りよる。


「おいっ! このおんな……へぇっ!?」


 男は一瞬で複雑なキリモミ回転をしながら放りあげられた。


「貴様っ! おひい様になんたる無礼をっ!」


 落下した男は待ち受けていたイヌイの怒りの一撃を受けて今度は横に吹き飛ばされた。


「申し訳ございません! 私めがついておりながら」


 慌ててイヌイがひざまずいた。


「良いのですよ、これくらいは」


 パンパンと手を叩きながらサクヤが笑う。

 辺り一面に六人のごろつき達が悶絶しながら転がった。


「はぇ~」


 花を持った少女がポカンとその様を見ている。


「大丈夫ですか?」


「うん!」


 サクヤの問いに少女は元気よく答えた。




「くっそう! てめえ等のツラは覚えたからなぁ!」


 捨て台詞を残して男達は逃げるようにその場を去っていった。


「お兄さん達、ありがとう」


 男たちがいなくなって、少女がペコリと頭を下げる。


「あ、ああ……」


 そう答えたギタンの様子がおかしい。

 何か戸惑ってるようだ。


「どうしたのさ、若さま」


「いや、こんな小さい人は初めて見たんだ」


「は?」


 一同が驚きの声をあげる。


「若さまひょっとして子供見たことないの?」


「子供? そうか、これが子供なのか」


「若さまぁ、物を知らないのも大概だよ」


「山では爺しかいなかったのだからなぁ」


 そう言いながらギタンは少女をマジマジと見た。


「そんなに見たら恥ずかしいよぉ」


「ギタン殿、この子が恥ずかしがっているぞ。その辺しておけ」


 赤くなって下を向く少女を見かねてイヌイが口を出す。


「どうしてあの者達に追われていたのです?」


 サクヤが腰をおとして少女に聞いた。


「この花が道に咲いてたの」


 少女は鉢を見せた。

 白いチューリップにも似た綺麗な花だ。


「見たことない花だからポーリア様にあげようと思って鉢を持ってきて植えたの。でもあの人たちが花ドロボウって」


 少女の目に涙が溜まる。


「道端の花を取って花泥棒とは随分乱暴な話だ」


「ポーリア様とは?」


「ポーリア様はポーリア様だよ」


「ご両親……お父さんやお母さんは?」


「……知らない」


「分かりました。ではポーリア様のところへ一緒に行きましょう」


「ほんと! じゃぁ行こう! こっちこっち!」


 顔を綻ばせた少女は鉢を頭に乗せて歩いていった。



「ほら! あそこだよ!」


 ギタンに肩車をされた少女が差した指の先に、花に囲まれた白い建物が見えてきた。


「まぁ、素敵なおうちですね」


「でしょ? おーい!」


 少女が手を振ると、建物から十人程の子供が出て来た。


「ニーア! どうしたの! その人たちは?」


「うん! 怖い人たちから助けてくれたの!」


「ニーア!」


 更に奥から年のころは二十代後半、スラリとした金髪の女性が出て来た。


「ポーリア様ぁ! ただいま!」


「一体どうしたのです?」


「うん、変わった花を取りに行ってたら怖い人たちに追いかけられたの。それでこの人たちが助けてくれたんだよ」


「変わった花?」


「これ! きれいでしょ?」


 そう言ってニーアは摘んできた花を見せる。


「これは……どこで見つけたの?」


「向こうの山だよ」


「そう、でもあっちの方は行っちゃダメって言ったでしょ?」


「ごめんなさーい。でも綺麗だからポーリア様にあげようと思って……」


「そう、ありがとう、嬉しいわ」


 ポーリアはニーアから鉢を受け取り、ギタン達の方を向いた。


「この孤児院の院長をしていますポーリアと申します。子供を助けて頂いたそうで本当にありがとうございました」


 ポーリアは深々と頭を下げ、子供たちもそれに倣う。


「いえ、たまたま通りかかっただけですので」


 そうサクヤが言った時だった。


「ポーリア様! あれ!」


 見れば先程の連中だった。


「お! おめえら! さっきはよくも!」


「貴様らまだうろついていたのか!」


 イヌイの手が剣の柄に掛かる。


「ま、待って! 待ってください! 子供たちの前です! 乱暴ごとは止めてください!」


「ふん、ここのガキが花を盗んだだろう? あれを返して貰おうか?」


「返せば帰ってくれるのですね?」


「ああ、なんせお前は……」


「返します! だからすぐに帰ってください!」


 何かを言いかけた男の言葉を遮るようにポーリアは持っていた花を突き出した。


「へっ、これさえあれば用はねぇや。じゃあな」


 男たちは笑いながら帰っていった。


「う……う……うわぁあああああああん!!」


 その様子を見ていたニーアが泣き出した。


「ごめんなさいニーア」


「花が……ポーリア様の……うわああああん!」


 釣られるように周りの子供たちも泣き出す。


「み、みんな、ごめんなさい。ごめんなさい」


「さぁ~みんな~こっちを見てごらん! 不思議な術のはじまりだよ~」


 突然エンが陽気に声を張り上げ、子供たちの目がエンに集まる。


「ぱっ!」


 そう言って広げた右手の指にいつの間にか赤い玉が挟まっている。


「ええっ!?」


 子供たちから驚きの声があがる。


「これが~ほいっ!」


 そう云った途端玉が二つになった。


「うっわ~!」


「さらにほいっ!」


 三つ、そして四つになるたびに子供たちから感嘆の声があがった。


「そしてこれをくにゅくにゅくにゅ~」


 エンが玉を握ってもむ動作をする。


「ぽん!」


 そう言って手を開くと玉の代わりに花が現れた。


「すっご~い!」


「ニーアちゃん、これをポーリア様にあげなよ」


「良いの?」


「勿論!」


「ありがとう! はいポーリア様!」


「あ、ありがとうニーア」


「すごーい! もっとやってー」


「おサルのお兄さん魔導士様なの?」


「はっはっはーオイラはおサルでもないし、お姉さんだよー」


「えーっ!」


「ほーらこの通り……」


「マ、マシラッ! やめんかっ!」


 前をはだけようとしたエンをイヌイが慌てて止める。


「あはははは」


 子供たちから笑い声が湧き上がった。


「あの……もうじき日が暮れます。宜しければ一晩お泊りになられては如何でしょうか?」


「いえ、その様な訳には……」


「今から街へ行ってももう宿は埋まっているかもしれません。ささやかですが是非お礼をさせてください」


「そうですか、ではお言葉に甘えさせて頂きます」


「やったー! お食事いっしょしよー!」


「やったー!」


「やったー!」


「では、こちらへどうぞ。さぁみんなも中に入りましょう」


「はーい!」


「お姉さん中でもっと見せて!」


「いいよ~でもみんな中に入ってからだよ~」


「わーい!」


 子供たちに引っ張られるエンに続いてギタンたちも後に続いた。

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