その四

 ――翌日、『銀のセキレイ亭』玄関。


「ではギタン殿、道中の安全を祈っております」


「ありがとう、サクラ殿も」


「ふぁ……大丈夫だ、おひい様は私がキチンとお守りする」


「アンタ眠そうだけど大丈夫かなぁ」


「だ、大丈夫だ! このくらい……!」


 ギタンに対する警戒でろくに眠れず、生あくびを噛み殺しながらエンにそう言ったイヌイだったが、宿前の異変に気が付き言葉を切った。


 宿の前には昨日手首を砕かれたハゴッチ達ボンゴ団の面々が待ち構えていた。

 人数も倍の二十人以上に増えている。


「お前達……」


「昨日はよくも赤っ恥かかせてくれたなぁ! そのお礼に来たぜ!」


 昨日の逃げ間際の情けない顔から打って変わったふてぶてしさでハゴッチが笑う。


「そうですか、改心なさらぬのですか」


「あったりめぇだ! 恥をかかされたまんまじゃあこの道じゃ生きていけねぇんだよ!」


「何人来ようと同じことだ。昨日言った通り、今度は容赦せぬぞ!」


 剣の柄に手を掛けたイヌイの目が据わる。


「フン、こっちにもちゃんと用意はしてあんだよ! 野郎ども!」


「へいっ!」


 皆が一斉に赤く輝く立方石を取り出した。


「そ……それは!」


「装喚! 『トリカブト』!」


 その掛け声とともに立方石が光を放ち、そこから異形の鎧が形作られた。


「な、なぜこいつらが『トリカブト』を……」


 愕然とするイヌイの面前で鎧はハゴッチ達に装着されていく。


「ガーッハッハッハァ! 生身の剣で果たして魔装甲鎧『トリカブト』が斬れるかなぁ?」


「くっ……」


「ならば……仕方ありません……ギタン殿、エン、危ないので下がっていてください」


「う、うん、若さま、下がっていようよ、アレはやばいよ」


「そうなのか?」


「うん、早く!」


 ギタンはエンに引っ張られるように後ろに下がった。


「イヌイ! 行きます!」


「は、ははっ!」


 サクヤは懐から金の枠にはめられた紫の魔石を取り出した。


「装喚! 『オウカ』!」


 若干躊躇うように己の魔石を見たイヌイも意を決するように叫ぶ、


「そ、装喚! 『スイレン』!」


 二人の頭上にも紫の魔法陣が現れ、薄紅色と薄水色の魔装甲鎧が湧き出す。


 ハゴッチ達の『トリカブト』の禍々しい意匠とは対照的な優美さすら感じられる二体の魔装甲鎧をサクヤとイヌイが纏っていく。


「あ……ありゃ……」


 ハゴッチが目の前に現れた薄紅色の魔装甲鎧をみて目を見張った。


「控えよ! こちらにおわすはオウレンザルカ王国第一王女、サクヤ・ハレイシュ・リ・オウレンザルカ姫なるぞ! 図が高い!」


 振り絞るように響くイヌイの声に周囲の野次馬たちが一斉にざわつく。


 百年以上の長きに渡って大陸に吹き荒れた戦火を終結させた魔装甲鎧。

 中でも左肩に花吹雪をあしらった『オウカ』はオウレンザルカ王室に伝わる伝説の鎧として知られていた。


 だが、


「ガーッハッハッハ! 俺は知ってるぞ! お前が真っ赤な偽物だってなぁ!」


「なっ!」


「ぶ、無礼な!」


「本物のサクヤ姫がこんな所に供連れ一人でうろついている訳無かろうが!」


「くっ……」


 勝ち誇るように言ったハゴッチの言葉にサクヤが歯噛みする。



「確かに……」


「姫様がこんな所にいるわけないよなぁ……」


 遠巻きに見ていた野次馬たちの落胆の声がざわめいた。


「そういう訳だ! サクヤ姫の名を語る不届き者を成敗すれば俺達は報奨金に預かれるってことよ。やっちまえ!」


「おう!」


『トリカブト』たちが二手に分かれて一斉にサクヤたちに襲い掛かる。


「気を付けろ! コイツぁ相当の手練れ……あ?」


 昨日、手を砕かれた一人の声は目の前で成すすべなく組み伏せられていくイヌイの『スイレン』の様を見て止まった。


「あうっ!」


「なんでぇコイツ、魔装甲鎧着込んだらてんで駄目じゃねぇか!」


「丁度いい! 昨日の借りを存分に返してやるぜ!」


「くっ! このぉ! ああっ!」


『スイレン』を纏ったイヌイに昨日のような動きの冴えは無く、一方的に殴られていく。


「イ、イヌイ! おのれっ!」


「ほうれ! おめぇはこれでも喰らえ!」


 イヌイを助けに行こうとしたサクヤにハゴッチが何かを投げつけ、サクヤは反射的にそれを叩き斬った。


「うっ! あうっ!」


 ハゴッチが『オウカ』に投げつけたのは陶器の壺だった。

 中には目潰しの粉が入っていて、一瞬でサクヤの視界を塞ぐ。


「こっちの偽物は腕はいいがやはり偽物だな、経験が乏しいぜっ!」


 目潰しに声を上げたサクヤに向かってハゴッチの『トリカブト』が蹴りを飛ばして『オウカ』を引き倒す。


「ああっ!」


 倒れた『オウカ』に次々と『トリカブト』がのしかかり、動きを封じた。


「姫様っ! 止めろぉっ! 姫様にっ! あうっ!」


 イヌイの纏う『スイレン』にも何体もの『トリカブト』が群がっている。


「げっへへへへっ! 偽姫様の心配している場合じゃねぇだろ! テメェは悪さ出来ねぇようにひん剝いて手足斬り落としてから可愛がってやるぜぇ」


「ギャハハハ! そりゃあいいや!」


「きっ……貴様ら……あうっ!」



「や、ヤバいよ若さま、このままじゃ二人が!」


 予想外の二人の危機にエンが堪らずうろたえた声をあげた。


「そうか……」


「へ?」


「これはああして使う物だったんだな」


 そう言ってギタンはずだ袋から金色の装飾に嵌った黒い魔石を取り出した。


「そ! それって!」


「エン、これを持って離れていろ」


 ギタンはエンに剣とずだ袋を渡し、魔石を構えた。


「……こうか? 装喚! 『リンドウ』!」


「『リンドウ』!?」


 魔石を構えて叫んだギタンの頭上に黒い魔法陣が浮かび、そこから漆黒に金の縁取りがされた魔装甲鎧が絞られるように出て来た。


「あ……ああ……」


 エンはその余りの異様さに言葉が出なかった。


『トリカブト』よりも遥かに禍々しく、だが『オウカ』のような崇高さも併せ持つ。

 例えるなら神魔一体。


 漆黒の魔装甲鎧の各部が開き、ギタンを文字通り飲み込んでいく。

 その様は『オウカ』やハゴッチ達も思わず息を止めて見入った。


「ギタン……殿?」


「な、なんだ……ありゃあ……」


 漆黒の魔装甲鎧『リンドウ』はゆっくりと組み合っている『オウカ』と『トリカブト』の方に歩いてくる。


「ど、どうせそいつも虚仮脅しだ! やっちまえ!」


「おう!」


『オウカ』と『スイレン』が嬲られる様を見ていた『トリカブト』達が『リンドウ』に殺到する。


「死ね……げへっ!?」


 初めに『リンドウ』に斬り掛かった『トリカブト』の動きが止まった。

 背中から黒い物が突き出ている。


「そこだ……あぎゃっ!」


 その隙をついて脇から斬り掛かった『トリカブト』に『リンドウ』の左腕から伸びた物が突き出した。


「な、何だ!」


 ズルズルと二体の『トリカブト』が崩れ落ち、上腕部から剣を生やした『リンドウ』が屹立していた。


「そんな……」


 戦場の生き残りであるハゴッチでも装甲を変質する魔装甲鎧など聞いたことがない。


「ちっちくしょおおおっ!」


「うわあああああっ!」


 二体の『トリカブト』が斬り掛かるが『リンドウ』に無造作に斬り飛ばされる。

 頑丈一点張りの『トリカブト』の装甲がまるで紙のように裂けていく。


「う、動くな! 動くとこいつガパァッ!」


 倒れている『スイレン』に跨っていた『トリカブト』が剣を突きつけようとしたが、『リンドウ』の腕の剣がビュルンと音を立てて伸び、その『トリカブト』を貫く。


「……な……」


『スイレン』の中でイヌイは愕然としながらその様子を見ていた。


「ひっ、ひいいいっ! バ、バケモノだぁっ!」


 残った『トリカブト』たちが逃げようとする。


 と、『リンドウ』の右腕から無数の黒い礫が撃ちだされ、それは正確に『トリカブト』たちを撃ちぬいた。


『リンドウ』が現れて瞬く間にニ十体近くいた『トリカブト』はハゴッチを除いて全滅した。


「バ、バケモ……」


「ヤアッ!」


 呆然とその様子を見ていたハゴッチの『トリカブト』を『オウカ』が蹴り剥がす。


「ガァッ!」


 もんどりうって倒れた『トリカブト』の前に『オウカ』が立ちはだかった。


「立ちなさい!」


「くっ、くっそおおおおおっ!」


 立ち上がった『トリカブト』が破れかぶれの斬撃を送る。


「覚悟! 『疾風』!」


『オウカ』が『トリカブト』を横一文字に斬った姿勢で駆け抜けた。


「あ……が……」


 ハゴッチの『トリカブト』は前のめりに倒れ、動かなくなった。


 遠巻きに見ていた野次馬達から歓声があがる。


 その歓声にも『リンドウ』は動じない。


「あれは……一体……」


 兜を跳ね上げたサクヤはじっと『リンドウ』を見つめる。


「くっ……くううううぅ……」


 一方、イヌイは『スイレン』の中でただ涙を流していた。




「間もなくサイパ行き、出発でーす」


「それではサクラ殿、我々はここで」


 にこやかなギタンの前には真剣な面持ちのサクヤとうなだれたままのイヌイがいた。


「……あの……ギタン殿はエルドリオまで行かれるのですよね?」


「そうですよ」


「途中のオルダワリデには?」


「オルダワリデ?」


「若さま、オルダワリデってのは昔天帝さまが住んでいて、この大陸を統べていた古い都の事だよ。エルドリオはその向こうさ」


「ならば立ち寄るかもしれませんね」


「それでは……我々とオルダワリデまでご一緒しては頂けませんか?」


「なあっ!?」


 うなだれていたイヌイが驚いて顔を上げた。


「実を言えば私共も同じ乗合馬車なのです。ならば旅をご一緒できたらと」


「ひめっ……あ……」


 何かを言いかけて再びイヌイはうなだれた。


「どうするぅ? 若さまぁ」


「私は構いませんよ。楽しそうだ」


「まぁ良かった。では参りましょう」


 サクヤは馬車へ向かおうとしたが足を止めた。


「イヌイ、どうしたのです?」


 イヌイはその場でひれ伏していた。


「ひ……姫様……旅のご安全を……このイヌイ……お祈り……しております」


「え? 何を言っているのです?」


「で、ですから……護衛騎士の役目は……ここまでで……」


「イヌイ、貴方は私の護衛騎士の任を放棄するのですか?」


「あ、あの様な醜態をお見せして……それに……ギタン殿がいれば……私など……」


「イヌイ、いいですか? 私の護衛騎士は貴方だけなのです。勝手に辞める事は許しません」


「ひっ、姫様ぁ……」


「さぁ立ちなさい」


 そう言ってサクヤは涙ぐむイヌイを抱きかかえるように立たせ、耳元に口を寄せた。


「ひゃあっ!」


 思わず顔を赤くするイヌイだったが、


「あの者の魔装甲鎧は放って置く事は出来ない物です。いいですね?」


「っ!」


 その囁き声に顔を強張らせた。


「お~い、早くしないと馬車が出ちゃうよ~」


 彼方でエンが呼ぶ声が聞こえる。


「さぁ行きましょう、イヌイ」


「は、ハイッ!」


 二人はギタン達の後を追った。



「……」


 その様子を物陰から白装束の男がじっと見据え、そして森の中へと消えていった。

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