その三

「しかし、随分手回しが良いんだな」


「あったり前さぁ。ここらはすばしっこく抜け目無くじゃなきゃたちまち路頭にまよっちまうよ」


 賑わう街の目抜き通りを進みながらのギタンの問いにエンは得意そうに答えた。


「私が従者になるのを断ったらどうするつもりだったんだ?」


「その時は勝手についていくさぁ。でも若さまは断らないって思ったし、実際そうだったじゃないか」


「そうか、そうだな」


 自慢そうに語るエンと聞き流しているギタンの目に『銀宿 セキレイ亭』と書かれた看板の宿が見えてきた。


「おや?」


 その入り口で先程の二人連れが宿の主らしき男と押し問答をしている。


「……ですから本日は一杯でございまして、本当に申し訳ございません」


「他の宿も皆断られたのだ。どうにかならぬか」


 汗だくの主にイヌイと呼ばれていた剣士が懸命に食い下がっている。


「そうは申されましても何でもオルダワリデでサクヤ姫様の御披露目があるとかでその見物の為の方が多数投宿してまして」


「ならば! このお方こそ……」


「イヌイ」


「はっ……」


「仕方ありません、何処か夜露を凌げるところを探しましょう」


「そんなっ、ひめ……おひい様をにそのような事は……」


「あの、ちょっとよろしいか」


 ギタンが三人に話しかけた。


「あら、貴方は」


「見れば難儀のご様子。先程のお礼によろしければ私たちの部屋をお譲りしたいのですが」


「ええっ! オイラが折角取ってきたんだよ?」


 エンが慌てて声を張り上げた。


「だが、先程助けて貰った恩がある。それは返さなくてはだろう」


「はぁ……そりゃあそうだろうけどさぁ」


「本当か!? 助かる!」


 思わぬ申し出にイヌイは喜色を浮かべた。


「し、しかしそれではあなた方が……」


 逆にサクヤは困惑した表情を浮かべた。


「なに、私もこの者も野で寝るには慣れております」


 少し考えたサクヤが宿の主の方を向いた。


「この方たちが取ったお部屋は二人部屋なのですか?」


「いえ、四人部屋です。これしか空いてなかったので。もちろん四人分の宿代は頂きますが……」


「では四人で相部屋ということにさせて頂けないでしょうか」


「お、おひい様! な、何を!」


 今度はイヌイが声を張り上げた。


「何か問題があるの?」


「大ありです! このような男どもと同じ部屋で一夜を明かすなど!」


「それの何がいけないの?」


「そ、それは……とにかく男どもと同室などもっての他です!」


「あのさぁ、男どもってオイラ男じゃ無いんだけど」


「はぁっ?」


「ほらぁ」


 そう言ってエンは服の前をぺろんとはだけた。


「おまっ!」


「まぁ」


 確かにエンの股には男に付いている筈のモノは無く、良く見れば胸もそれなりに膨らみを帯びている。


「こ、こら! このような往来ではしたないっ! しまわぬか!」


 顔を真っ赤にしたイヌイが慌てて隠そうとする。


「き、貴殿はこのような女子を従者にして連れまわしているのか!」


「この者を従者にしたのは先程ですよ? 女と知ったのは今ですし」


 ギタンの表情はイヌイがなぜ食って掛かるのか分からない。

 そんな風だ。


「と、とにかくだ。貴殿は紛れもなく男だろう。だから駄目だ!」


「イヌイ、私は構いませんよ」


「お、おひい様!」


「イヌイ、人は助け合ってこそです。先程私達はこの方を助け、今はこの方が私達を助けてくれようとしています。それの何がいけないのです」


「おひいさま……わ、分かりました……」


 サクヤに気圧されたのかイヌイは下を向くように頷いた。


「では二人分の宿代はお支払いします。これでよろしいですね?」


「分かりました」


 宿の主はエンとイヌイから都合四人分の宿賃を受け取り、ホッとした表情で宿に入っていく。


「まぁ宿代半分浮いたからいいかぁ、その分美味い物食べようよ」


 そう言ってエンはズカズカと主の後に続き、ギタン達もそれに続いた。




「サクラ・オレノイアさん?」


「はい」


 ギタンの言葉にサクヤはにこやかに頷く。

 一同は宿の食堂で夕食を共にしていた


「実家は小さいですが織物の商会をやっております。こちらは護衛剣士のイヌイ」


「イヌイ・フォンディフォンだ」


 先程の問答ですっかり仏頂面のイヌイだがキチンと頭を下げる。


「私はギタン、こっちは……」


「若さまの従者のエンだよ」


「ギタン殿は先程ホウライジュから来たと申してましたが、確かにこのイヌイのいう通り、ホウライジュは人も立ち入れぬ魔境と存じております。差し支えなければどのようにお住まいだったのかお聞かせ願えますか?」


「そうだ! 是非納得のいく説明を聞きたい!」


「いいですよ。山の中腹に大きな洞窟がありましてね。そこに爺と二人で住んでいたのです」


「二人で、ですか?」


「ええ、爺には色々、動物の獲り方や捌き方、読み書きや算術、礼儀作法などを教えられました」


「お爺様はどこかの貴族の方で?」


 そう考えればギタンの言葉使いや立ち振る舞いも納得がいく。


「さぁて、余り自分の事は話さない爺だったので」


 ギタンは少し寂しい目で遠くを見た。


「そうですか……不躾な事を聞いたようでごめんなさい」


 サクヤもイヌイも爺というのはどこかの引退して隠遁した貴族の事だろうと納得した。


 その言葉にギタンの顔に朗らかな笑顔が戻った。


「構いませんよ」




 部屋は一般的な四人部屋で、寝台ベッドが二台ずつ別れて置かれている。


 皆より遅れてイヌイが細長い棒数本と敷布シーツを何枚か担いで部屋に入ってきた。


「おひい様、幕の代わりになる物を立てますので暫く……」


 そう言いかけたイヌイはギタンの目の前でサクヤが肌着を脱ぎ始めたのを見て真っ青になった。

 脇にいるエンに至ってはすでに素っ裸だ。


「あらイヌイ、何処に行ってたのです?」


「ちょわああああああっ!」


 サクヤの問いに答えず奇声をあげながらイヌイは持っていた敷き布を広げてギタンからサクヤを隠すように覆う。


「きっ! 貴様ぁ! おひい様に何をしようとしているのかぁっ!」


「いえ、私は何もしてませんよ?」


 キョトンとしてギタンが答えるも、


「おおおおおおのれぇっ! やはりこうなると思っていたのだ! たったたたたたっ斬ってやる!」


 そう言いながら腰の剣に手を掛ける。


「おやめなさいイヌイ!」


「っ! し、しかし!」


「私はエンと一緒にお風呂に入ろうとしてたのですよ?」


「しっししししかしぃっ! おっおおお男の目の前で裸を晒すなど!」


「それですが、なぜお前はそれでその様に怒るのですか?」


「なっ! そ、そそそりはっ!」


〈……姫様には恥じらいの心が無いのか!?〉


 貧乏士族であるイヌイですら、父から厳しく慎みを持ち、人前、特に男の前では肌を晒すなと教えられている。


 だがサクヤにはそう言った羞恥心が根本から抜け落ちているかのようだ。


 それはあのギタンという男もそうだった。

 サクヤの姿やエンの裸を見ても、いや、そもそも興味を示そうともしていない。


 街を歩けば男はサクヤやイヌイに好色な目を向ける者ばかりだったが、このギタンという男にはその気配がまるでない。


〈かといって安心など出来るかっ! 姫様の御貞操はこのイヌイが死んでも守ってみせるっ……!〉


「ギ、ギタン殿、すまないがしばらく目を瞑っていてはくれないか」


 諦めたイヌイはギタンに協力を仰いだ。


「いいですよ」


 ギタンは寝台の上で目を瞑った。


「おひい様! 今のうちに風呂へ」


「分かりました。行きましょうエン」


「はいよ~」


 一糸まとわぬ姿のサクヤとエンはそのまま風呂場へ向かい、イヌイは入口に立ち塞がった。






 ――宿場町シュパルの程近くにあるボンゴ団のアジト


「くっそぉ、あのアマぁ……」


 神官に治癒をしてもらうわけにもいかず、ひたすらハゴッチ達は苦痛に呻いていた。


「おい、お前達」


 突如入口で響いた聞きなれない声に一同が殺気だつ。


「こ、今度はなんでい!」



 そこにいたのは全身を巡礼者の様な白装束に包んだ長身の男。

 頭に傘帽子を被り面体も覆面で伺い知れない。


「お前達に仕事を頼みたい」


「だ、誰でいアンタ」


「訳あって面体は晒せんが、報酬は弾むぞ」


 そう言って覆面の男はジャランとハゴッチの足下に帝国大金貨を十枚放った。

 一枚がおよそ十万円、つまり百万円の価値がある。


「こ、こりゃあ……」


「これは前金だ。首尾良く行けば更に十。悪い話ではなかろう?」


「待てよ、こんだけの金って事はまさか仕事ってのは……」


「そう、そのまさか……さっきの二人組を始末して欲しい」


「あの二人? ありゃ何者なんだ?」


「あれは王国第一王女サクヤ姫……」


「何だって!? じょ、冗談じゃねぇ! 王家の姫を殺したとあっちゃ一族郎党皆殺しにされちまうわ!」


「まぁ最後まで聞け。あの女はそのサクヤ姫の偽者よ」


「はぁ? 偽者? なんだそりゃ」


「よく考えてみろ、王国の姫が共連れ一人だけで斯様なところをうろついてるわけがなかろう」


「そ、そう言われれば確かに。じゃぁ一体あの女は……」


「最近姫の名を騙って領内で不法を働く輩が跋扈している、その類だ」


「アンタ、巡検吏かなん……うぎぃっ!」


 一瞬でハゴッチの砕けた腕が捻りあげられ、悲鳴が上がる。


「余計な詮索をすると金を受け取る前にあの世に旅立つ事になるぞ?」


「アギャギャギャギャ! わ、分かった……だ、だがあの女剣士の腕前は相当なもんだ。俺達も大半が腕をやられちまった」


「ふん、心配するな」


 そう言って白装束は捻った腕に反対の手をかざすと呪紋を唱える。


「――『治癒』」


 その言葉でハゴッチの腕の痛みがみるみる引き、元通りに動かせるようになった。


「あ、アンタ聖魔法が……」


「怪我は皆直してやる。その上でコイツをくれてやろう」


 男は懐から赤黒い水晶にも似た立方体の石を卓上に転がした。


「こ、こりゃあ……これさえありゃあ……」


「どうやらやる気になったようだな」


「お、おおぅ、任せてくれ! か、金はちゃんとくれよ?」


「ああ、二言は無い」


「ようし、やるぞ野郎共!」


 頭の声に手下共は気勢をあげた。


 覆面の奥の冷徹な目がスッと細くなった。

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