第2章 236 無気味な神殿

 アルベルトが私の手を握りしめて、私を気遣うように階段を急ぎ足で登っていく。


そうだった。

私たちはこうやって、昔ふたりで手を繋いで歩いていた……こんなに切羽詰まった状況に置かれながらも懐かしい感情に包まれる。


「クラウディア、大丈夫か?」


私の手を引くアルベルトが時折心配そうに振り返る。


「はい、大丈夫です。それより外の様子が心配です、急ぎましょう」


「そうだな!」


私たちは地上を目指して階段を登り続けた。



地上が見える頃には、私の息はすっかりあがっていた。


「もう少しで地上だ。頑張れ」


アルベルトが声をかけてくる。


「は……はい……」


返事をすると、その手が強く握りしめられた。



地上に出ると、外はすごい有様になっていた。空は不気味な赤黒い雲に覆われ、強い風が吹き荒れていた。


森の木々が風で不気味にざわめく中、私とアルベルトは周囲を見渡した。


「一体何が起きているのでしょう? 私がこの神殿の地下に入ったときには捕らえられた騎士たちが大勢いたのですよ? それなのに、今は誰もいないなんて……」


「俺は彼らを残して一人で地下神殿へ潜ったから。見張りの為に残ってもらったんだ。全員捕らえられてしまったのは宰相から聞かされた。……全員優秀な騎士だったはずなのに……どうやらカチュアには隠された不思議な力があったようだ」


「不思議な力……?」


「ああ、だがいくら不思議な力と言っても、それは決して神聖力などではない。もっと悪しきものの類だ。だから宰相はカチュアを聖女に祭り上げようとしたのかもしれない」


「そうだったのですか……」


「そんな悪しき力を持つ者が聖物を手に入れようとしたから……あのような禍々しい存在を目覚めさせたに違いない……! とにかく、何かがおかしい。少し神殿の周辺を見て回ろう。俺から離れるなよ、クラウディア」


アルベルトは剣を抜いた。


「はい、アルベルト様」


そして私とアルベルトは、今やすっかり不気味な森に囲まれた神殿の周囲を警戒しながら進んだ。



「ん……? 何だ、あれは」


神殿の裏側に回ると、アルベルトが足を止めた。

そこは綺麗に石畳が敷かれた庭のように見えた。そして何十体も立ち並ぶ石像達。

このように不気味な状況の中では一種異様な光景に感じてしまう。


「随分、沢山の石像が立ち並んでいますね」


「いや……違う……」


アルベルトの眉が険しくなる。


「え? 違う?」


私の問に答えず、アルベルトは石像へ駆け寄っていく。


「アルベルト様!? どうされたのですか!」


慌ててアルベルトの後を追うと、彼は石像の前で立ち止まった。その様子はただ事ではないように見えた。


「そ、そんな……」


呆然とした様子で石像を見つめているアルベルト。


「!」


すると、何を思ったか、次の石像に駆け寄る。


「……くそっ!! これもだ!!」


「アルベルト様! 石像がどうかしたのですか!?」


ようやく追いつき、声をかけた。


「違う……」


アルベルトの顔面は蒼白になっている。


「違う? 何が違うのです?」


「石像なんかじゃない……! ここには……そんなもの一体も無かったはずなんだ!」


血を履くように叫ぶアルベルト。


「え……?」


彼の言葉に驚き、私は改めて石像を見た。

石像の表情はとても精巧なものだった。驚愕に目を見開いたかのような表情は今にも動き出しそうだ。

その瞬間、恐ろしい考えが脳裏をよぎる。


「ま、まさか……?」


声を震わせて、アルベルトを見上げる。その横顔は怒りとも絶望とも見て取れる。


そんなバカな……! ここにある石像はまさか……

慌てて後ろを振り返ったとき、私は一つの石像と目があった。


「え……?」


震えながら、その石像に近付き……思わず立ち尽くしてしまった。


「ユ……ダ……?」


その石像は、ユダだった――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る