第2章 117 さよなら、姫さん
「ひ、姫さん……」
スヴェンは私の涙を見て、明らかに狼狽えている。
「スヴェン……旅の間……あ、貴方はずっと演技をしていたという訳ね?『アムル』での態度も……『クリーク』の町や、『シセル』でも……貴方を信頼していたから私は自分が錬金術師であることを……明かしたのに……」
涙が頬を伝って流れていく。
何故、私はこんなに涙が出てしまうのだろう?日本に残してしまった子供達や夫のことを思うと、切ない気持ちになるものの……涙までは流したことが無いのに。
「ごめん。姫さん……。俺は姫さんを泣かすつもりはこれっぽっちも無かったんだよ。ただ、どうしても姫さんの本心を知る為にはやむを得なかったんだ」
スヴェンは私に近付いて来ると、ハンカチを取り出して涙を拭ってきた。
「ど、どうして……今更になって、私の前に現れたの?もともと私を騙していたなら……二度と姿を現さなければ良かったでしょう?」
どうしても責める口調になってしまう。すると、ますますスヴェンは悲し気な顔になった。
「ああ、本当はそうするつもりだったんだ……。どうせ俺のことを覚えているのは姫さんだけなんだから……そのまま完全に姿を消しても良かったんだけどな」
スヴェンは自分のポケットにハンカチをしまうと続けた。
「姫さん、俺を探していただろう?それどころか……『アムル』まで行こうとしていたんじゃないか?」
「ど、どうしてそのことを知ってるの?!」
「……」
しかしスヴェンは黙ったまま、答えようとしない。
「そう……それすら秘密なのね?」
「……悪い」
頷くスヴェン。
「今夜は俺のことを忘れていなかった姫さんに別れを告げに来たんだよ」
「別れ……?何処かへ行くつもりなの?……でも尋ねてもどうせ答えてくれないわよね」
「いや。俺の記憶を姫さんから消す為に来たんだよ」
「え?ほ、本気……なの……?」
「ああ、本気だ。そうでなきゃ、わざわざ姫さんを訪ねたりしないさ」
肩をすくめるスヴェン。
酷い、何て残酷な話をするのだろう。
「全て噓だったのね?私の騎士になると言ってくれたことも……。こ、この国は私にとって、敵だらけで……心の休まるときも無いわ……。貴方は私の数少ない信頼できる仲間だと思っていたのに……それなのに……」
再び私の目に涙が溢れて来る。
「姫さん、味方ならいるだろう?リーシャや新しい侍女にメイド。それにトマスだってザカリーだって……。ユダなんか、姫さんは専属護衛騎士になって貰おうとしているじゃないか?」
スヴェンの口から出て来る言葉は驚くことばかりだった。何故、彼はここまで私の事情を知っているのだろう?
まるで、何処かでずっと私の話を聞いていたかのようだ。
「第一国王だって、姫さんのことを……大切に思ってくれているだろう?」
「それは……まだ分からないわ」
私は視線をそらせた。
「え?分からないのか?何故?」
「私にだって……スヴェンと同様、口に出来ない事情があるのよ」
「そうか、そうだよな……。悪かったよ、変なこと聞いて。……そろそろ俺の記憶を消させてもらうよ」
スヴェンは何やら水晶玉のようなものを取り出した。
「姫さん。このまま眠りにつくんだ。目が覚めた頃にはもう俺のことは忘れているから」
その瞬間、水晶玉が青白く光り出した。
「え…‥?」
それと同時に急激な眠気に襲われ、立っていることもままならなくなってきた。
身体の力が抜けて、倒れそうになったところをスヴェンが抱きとめて来た。
「そうだ……そのまま眠って……俺のことは完全に忘れるんだ。そして……を…信じ……」
徐々にスヴェンの言葉が遠くなっていき……意識が無くなる瞬間、思った。
スヴェン……貴方は……一体……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます