第2章 90 疑う騎士とアルベルトの見解
「何故、言われっぱなしのままでいるのですか?」
歩きながらハインリヒが尋ねてきた。
「え?」
思わず見上げるも、彼は視線を私には向けない。
「クラウディア様は敗戦国とは言え、王女です。それにゆくゆくは陛下と婚姻されて王妃となられる身なのに、あのような得体のしれない女に言われるままで……」
「え?彼女は『聖なる乙女』と呼ばれる女性なのよ?」
ハインリヒの話に半ば私は驚いていた。アルベルトならまだしも、彼までもが彼女を訝しんでいるなんて。
「私は陛下と同じ考えですから。陛下が怪しい者だと思えば、私にとっても同じです」
「そう……。貴方は本当にアルベルト様に忠誠を誓っているのね」
「ええ、当然です。ですから……」
ハインリヒは足を止めると私の方を振り返った。
「たとえ、クラウディア様が陛下の妻となられる方でもあの方の害とみなす存在であれば……ただでは済まさないつもりです」
「ええ、分かっているわ」
するとハインリヒは眉をしかめた。
「貴女は本当に変わった方ですね。普通なら自分に害を及ぼすかもしれない相手は極力排除しようとするのが当然なのに」
彼はアルベルトの言う事なら何でも聞く。私を守れと言われれば、不本意でも守ってくれるはずだ。
「そうかしら?でも少なくともアルベルト様は貴方を信頼しているから、私も貴方を信頼することにしたのよ」
「……そうですか。では陛下がお待ちです。後ほどお迎えに参ります」
ハインリヒはそれだけ告げると、頭を下げてその場を去っていった。
「ふぅ〜……」
朝から休まる気がしない。
一度だけため息をつくと、目の前の扉をノックした――。
****
「クラウディア、今後のことについてだが……知っての通り、領地内では干ばつの問題に戦後の後処理等で多忙で、暫く式を挙げることが出来ない。待たせてしまって申し訳なく思っている。すまない」
食事をしながら、アルベルトが謝ってきた。
「いえ、陛下がお忙しくしていらっしゃるのは良く分かっております。私は別に式を挙げなくても構いませんが?」
いや、むしろアルベルトには私との結婚を考え直して貰いたいくらいだ。もし、今国に帰っても良いと言われたなら喜んで荷造りをして当日中に帰るだろう。
「式を挙げなくても良いだと?そのようなことが出来るはずないだろう?何しろこの結婚は双方の平和条約を結ぶ為のめでたい式なのだから」
「平和条約……」
口の中で小さくポツリと呟く。
まさか、アルベルトは私との結婚を平和条約を結ぶ為のものだと思っているのだろうか?
周囲では誰もが私のことを、二度と反乱を起こさせないようにする為の人質だと囁いているのに?
「どうかしたか?」
不思議そうに私を見つめてくるアルベルトに首を振った。
「いいえ、何でもありません」
「ならいいが……。何かあればいつでも言ってくれ。お互い隠し事は無しにしよう。何しろ俺たちは夫婦になるのだからな」
何が嬉しいのかアルベルトはニコニコしながら私を見つめてくる。
「はい、分かりました」
「よし、約束だからな?それで、先程の戦後の後処理についてなのだが……お前の国の最後の領地として残されていた『アムル』、『クリーク』『シセル』。これらの領地管理をお前に任せたいと思っているのだが……どうだ?」
ついに……アルベルトは私の待ち望んでいた話を提案してきた――。
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