第2章 91 会いたい人

「はい、是非私に領地管理をさせて頂けませんか?」


 やっと願っていたアルベルトからの提案が嬉しくて、思わず笑みが浮かぶ。すると、何故か彼はじっと無言でこちらを見つめてくる。


「あの、どうかしましたか?」


「い、いや。ここへ来て……初めて笑顔を見せてくれたと思って……」


 言いながら、何故かアルベルトは私から視線をそらせてしまった。


「そうでしょうか……?」


 笑顔?でも確かに、言われてみれば私は一度も彼の前で笑顔を見せたことは無かったかもしれない。


「ああ、そうだ。それにお前はいつも何処か緊張した様子でいるのもな。そんなに俺と一緒にいるのは……緊張するか?」


 尋ねてくるアルベルトの声が何処か寂しげに聞こえるのは気のせいだろうか?


「いえ、別にそういうわけではありません」


 口先だけでは何とでも言えるけれど、無理な話だ。何しろ以前の私はアルベルトに断罪され……断頭台へ送られて処刑されてしまったのだから。

 笑顔を見せろと言われても早々簡単に出来るものではなかった。


「ならいいが……でも、そんなに嬉しいのか?領地管理を任されるのが?」


「はい、とても嬉しいです。あの3つの村や町は大切な領民たちですから」


「分かった。領地管理の予算は既に組まれている。必要があれば上乗せするように便宜を図ってやろう」


 けれど、その言葉に少しの不安がよぎる。


「アルベルト様……ですが、国の財政管理は宰相に一任されているのですよね?正直に申し上げますと、私はあの方からは良く思われておりません。そんな私に宰相が予算を与えてくれるのでしょうか?」


 すると私の話が気に入らなかったのか、アルベルトが眉をしかめた。


「クラウディア、いいか?よく聞け。リシュリーは確かに権力を握っているが、この国の国王は俺だ。彼から財政管理の任を解くのは造作ない」


「そうですか……分かりました」


 一抹の不安は残るけれども、今は彼を信じることにしよう。


「ああ、だから何もお前は心配することは無いからな?」


 アルベルトから領地管理を任されたのなら、ようやく話を切り出せる。


「それでは、アルベルト様にお願いがあるのですが……聞いて頂けますか?」


「ああ、何だ?言ってみろ」


 嬉しそうに頷くアルベルト。


「はい、では『アムル』の村に行かせて頂けますか?」


「何?『アムル』一体何故だ?他にも領地はあるのに……よりによって、一番ここから遠い領地ではないか?」


 何故かアルベルトは『アムル』に反応している。ここは……もう、正直に話したほうがいいかもしれない。


「はい、『アムル』の村には会いたい人がいるからです」


 会いたい人……それはドーラさんのことだった。

 

 突然姿を消してしまったスヴェン。しかもただ消えただけではない。共に旅を続けたユダ達の記憶から消えてしまった。全員『エデル』に到着後にスヴェンのことを忘れてしまったのだから。

 まるで最初から存在しなかったかの如く。


 けれど、スヴェンの祖母であるドーラさんなら彼のことを覚えているに違いない。それを確かめたかったのだ。


「それで、早速なのですが明日から……え?」

 

 何故かアルベルトは青ざめた顔で私を見つめていた――。

 

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