第2章 73 領地へ向かう馬車の中で

 ガラガラと走る馬車の中、私とアルベルトは向かい合わせで座っていた。


 彼は何やら書類のようなものに目を通している。


 それにしても……。


 これは予想外だった。てっきりアルベルトは馬に乗って領地へ向かうと思っていたのに、まさか同じ馬車に乗ることになるとは。

 すると不意に、アルベルトが顔をあげて私を見た。


「どうかしたのか?」


 尋ねる声は随分優し気だった。


「いえ……てっきり陛下は馬に乗って領地に向かうのだとばかり思っていたので」


するとフッと笑うアルベルト。


「クラウディが一緒に領地に向かうのだから、同じ馬車に乗るのは当然だろう?」


「は、はぁ……」


何と返事をすればよいのか分からず、曖昧に返事をした。


「ところで……」


アルベルトは書類を椅子に置くと、じっと私を見つめてくる。


「な、何か?」


「いや、今日のその姿……随分と質素だな。何故だ?」


私は素直に質問に答えることにした。


「はい、これから訪れる領地の人々は日照り続きで困った生活をしているのですよね?そのような場所を訪問するのに、あまり良い身なりではあまりに不謹慎ではないかと思ったからです」


「そうか、なる程な。立派な考えだ。だが……質素ではあるが、よく似合っているぞ。清楚なお前にぴったりだ」


アルベルトは目を細めながら私を見つめる。


え……?


思わずその言葉に耳を疑う。

清楚?この私をアルベルトはそういう目で見ていたのだろうか?


回帰前、あれ程私のことを贅沢好きな派手な女と言って、徹底的に毛嫌いし……私の存在を無視してきたのに?


何故ここまでアルベルトの性格が変わってしまったのだろう?

ひょっとして私が前回とは違う行動を取ってきたから……?


「どうした?何故そんなに驚いた目で俺を見るのだ?」


「い、いえ。陛下のお言葉に……少し驚いただけです」


「驚く?何故?」


腕組みするアルベルト。


「立派な考えだとか……、この服装が似合っているだとか……お褒めの言葉を陛下からいただくとは思ってもいませんでしたから」


「別に?俺は思った通りのことを口にしているだけだが?」


「そうですか……ありがとうございます、陛下」


「陛下……か……」


すると何故かアルベルトが不服そうな顔つきに変わる。


「どうかしましたか?」


「ああ、前から言おうと思っていたが……何故、いつまで断っても俺のことを陛下と呼ぶ?」


「え?!」


予想外の言葉に驚いてしまった。


「いい加減に俺のことを名前で呼んでみろ。子供の頃のように」


子供の頃……。

アルベルトが人質として『レノスト』国に軟禁されていたときのことを言っているのだろう。



 以前の彼なら自分のことを名前で呼ぶ許可を私に与えることはしなかっただろう。


しかし……今世は?

ひょっとすると、何かが変わってきているのかもしれない。


 かつての私は自分の罪が誇張され……アルベルトによって断頭台に送られ、無念の死を遂げた。

 本来なら処刑されるほどの罪を犯してはいなかったのにも関わらず。


 けれど今目の前にいるアルベルトは、あのときのアルベルトとは似て非なるのかもしれない。


 だとしたら……少しは彼を信用するべきなのだろうか?


「分かりました……それではこれからはアルベルト様と呼ばせて頂きます」


「ああ、そうだ。ぜひそう呼んでくれ」


 笑みを浮かべるアルベルト。


 顔の作りは全く違うのに……やはりその笑顔は、あの人に良く似ていた――。


 

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