第2章 72 同じ態度

 その後、リーシャが部屋に運んでくれた食事を済ませた私は曾祖母が残してくれた『錬金術』の記載がされた日記帳を読んでいた。


「成程……『生命の水』と呼ばれる錬金術の術式があるのね……知らなかったわ」


 『生命の水』の術式はエリクサーや聖水よりも簡単な術式だった。これなら然程時間を掛けずに作ることが出来るかもしれない。


「もともと水があった場所に『生命の水』をまけばそこから水が湧き出てくるのね」



 術式を頭に入れ、日記帳を閉じると座っていた椅子の背もたれに寄りかかった。


「油断していたわ。私は回帰者だと言うのに、日照りのことを忘れていたなんて……」


 あの頃、アルベルトは従者を連れて領地の視察に忙しく飛び回っていた。そこへ突如現れた『聖なる巫女』カチュアと共に視察を周り、彼女の祈りで雨が降ったと言われているが……。


 恐らく雨が降ったのは偶然。どのみちカチュアが祈ろうが祈るまいが、近いうちに雨は降ることになっていた。

 長く続いた日照で温められた川や海の水分が上空に登った。しかも話によると、雨乞いの儀式として、やぐらを組んで火を燃やし続けたとも言われている。


 いずれにしても雨が降るきっかけを作ったのは確かだった。けれど、あの件がきっかけでアルベルトとカチュアの距離が縮まり、国中からカチュアは称賛された。

 そして皮肉なことに、ただでさえ悪かった私の評判はますます悪化していった。

雨が降らなくなったのは敗戦国の私がこの国にやってきたせいだと根も葉もない噂が広まったからだ。


「今回はそうはいかないわ。私がカチュアよりも早く、日照り問題を解決すればいいのよ。そうすれば、国の信頼を得ることが出来るはずだもの……」


 そして私は準備を始めた――。



****



 午前9時――


 私は迎えに現れたリーシャの案内でアルベルトが待っている城門へとやって来た。


「来たな?待っていたぞ」


 既に馬車の前にはアルベルトが立っており、私に声を掛けて来たので挨拶をした。


「はい、お待たせして申し訳ございません。本日はどうぞ宜しくお願い致します」


 彼の側には従者と見られる4人の騎士がいたが、彼らはチラリと私を一瞥するだけで気にも留める素振りが無い。


「酷い……何て失礼な……」


 リーシャが口の中で小さく呟く声が私の耳にも届く。


 やはり、ここでも同じような態度を取られるのか…‥。

 心の中で思わずため息をついた時――。


「お前達!一体何だ、その態度は!!我妻となる者に挨拶も出来ないのか?!それでも騎士なのか?!」


 突然アルベルトが声を荒げ、騎士達を叱責した。途端に彼等は焦ったように頭を下げて来た。


「大変申し訳ございません!!」

「どうかお許しを!!」

「深くお詫び申し上げます!」

「ご無礼をお許し下さい!」


「お前達……今後二度とクラウディアに無礼な振舞を取ったらただでは済まないからな?覚悟しておけ」


アルベルトは騎士達を睨みつけた。


『はいっ!!』


 彼らは一様に恐縮した様子で頭を下げている。


「クラウディア、今度彼らがお前に無礼な態度を少しでも取ればお前自身で彼らに罰を下すが良い」


アルベルトは私に視線を移すと、とんでもないことを言い出した。

けれどもしそんなことをすれば、ますます私に対する恨みを彼らが募らせてしまだろう。


「いえ、私などが彼等に罰を下すなど恐れ多い事です。陛下にお任せしたいと思います」


「そうか……?分かった。なら私が次、彼らがクラウディアに失礼な態度を取った場合罰を下すことにしよう」


「はい、よろしくお願い致します」


心の中で安堵のため息をつきながら礼を述べた。


「よし、それでは行こうか?」


アルベルトは笑みを浮かべて私に手を差し出してきた――。

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