第2章 63 今更言われても

 扉が閉ざされ、1人になった。


 回帰前とは大違いの彼の態度にどう接すればいいのか、もう私には分からなくなっていた。


 前々回の生でクラウディアとして生きていた頃はアルベルトから婚約指輪どころか結婚指輪すらはめてもらったことはない。


 それを婚約指輪だなんて……。


 左手の薬指をじっと見つめた。

アルベルトにこの指輪をはめて貰った時、私は日本人だった頃の……自分の結婚式を思い出してしまった。

彼は真剣な眼差しで、私に結婚指輪をはめてくれた。


「あなた……」


 会いたい。子供たちに、そしてあの人に。

この世界は私にとって安心出来る居場所が無い。常に周囲を警戒しなければ生きてはいけない。


 橋本恵として、生きていた頃は平凡だけど幸せに暮らせていたのに。

 

 ふと、先ほどのアルベルトの言葉が耳に蘇ってくる。


『この国や、城の者達を信用できない気持ちは分かるが……せめて俺のことは信用してもらえないか?』


 だけど、やはり今の私にはまだアルベルトを信用することが出来ない。何しろ私は彼の手によって処刑されてしまったのだから。彼にとっては初めての世界であり、私を処刑した記憶など残っていない。けれども私にとっては2度目の世界。


 あれだけの仕打ちをされて、信用なんて出来るはずも無かった。


 それにカチュア。


 彼女は『聖なる巫女』と呼ばれるだけのことはあり、人の心を掴むのがうまかった。私が完全に孤立し、皆から忌み嫌われたのもカチュアの差し金だったのかもし

ない。

 と言う事は、今は私の味方に思われるようなアルベルトもいつ何時態度が豹変するのか分かったものでは無いのだから。


「やっぱり、アルベルトに心を許すわけにはいかないわ……」



 その時――扉がノックされ、声を掛けられた。


『クラウディア様、起きていらっしゃいますか?』


その声は侍女のマヌエラだった。


「ええ、いいわよ」


すぐに扉が開かれ、マヌエラが室内に入って来た。そして背後には……。


「ク、クラウディア様……」


今にも泣きそうなリーシャが立っていた。


「陛下から彼女をクラウディア様の元に連れてくるように言われて参りました」


「ありがとう、マヌエラ。リーシャを連れて来てくれて」


思わず笑みを浮かべてマヌエラにお礼を述べた。


「い、いえ。私は陛下の言いつけ通りにしただけですので……。それでは一度下がらせて頂きます」


「ええ。分かったわ」


そしてマヌエラは出て行き、扉が閉まると室内は私とリーシャの2人きりになった。


「ク、クラウディア様……わ、私……」


「リーシャ。こっちへ来てくれるかしら?目が覚めたばかりでまだあまり動けないのよ」


「はい」


リーシャはおずおずと私に近付き、突然頭を下げて来た。


「申し訳ございませんでした!クラウディア様!私のせいで……クラウディア様を危険な目に晒してしまいました……!本当に……何とお詫びすればよいのか……」


「リーシャ。顔を上げてくれるかしら?」


「は、はい」


顔を上げたリーシャの顔は既に涙で濡れていた。


「貴女は悪くないわ、リーシャ。悪いのは貴女を操った何者かよ」


そう……恐らくリーシャを操ったのは、彼らに間違いないだろう。


「クラウディア様……」


「だから責任を感じたりしないで、これからも私の側にいてくれるかしら?貴女はこの城で私が心を許せる数少ない人なのだから」


「はい、ありがとうございます……。こ、これからも精一杯お世話させて頂きます」


リーシャは泣き笑いの表情を浮かべて私を見つめた――。

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