第2章 1 彩雲

ガラガラガラガラ…


馬車はゆっくりと『エデル』の城下町を走っている。


「……」


私は向かい側の椅子で未だに意識が戻らないリーシャのことが心配でならなかった。


「リーシャ…まだ目が覚めないの…?もうすぐ『エデル』に到着するというのに…」


このままでは城に着いても、リーシャは目が覚めないかも知れない。


「その時は誰かにお願いしてリーシャを部屋まで運んでもらうしか無いわね」


ため息をつくと、私は馬車の中から城下町を眺めた。

城下町は大勢の人で賑わっていた。広々とした石畳の馬車道には多くの馬車が走っている。

路面沿いには様々な店や屋台が立ち並び、町を歩く人々は皆良い身なりをしていた。


「私の故郷『レノスト』国とは大違いね……とても戦争があった国とは思えないわ…」




『エデル』の国は強大な国家だ。父が勝手に起こした戦争も1年足らずで制圧してしまったのだ。

そして父や兄‥‥そして重臣達は戦犯として軒並み処刑されてしまった。


さらに、ただでさえ数少ない領地は殆ど没収され……僅かに残された領地がここまで来るのに立ち寄った『アムル』『クリーク』『シセル』の3つのみだった。


けれど、その領地も私とアルベルトの婚姻によって併合されることになるはずだ。




「城が見えて来たわ……」


城下町を抜けると、その先には新国王となったアルベルトの居住する巨大な城がある。

城は美しい広大な森に囲まれ、湖も神殿もある。


「神殿……」


その言葉を口にすると憂鬱な気持ちになって来る。


何故なら言い伝えでは、この空に虹色の雲が浮かぶとき…『エデル』に富みと繁栄をもたらす『聖なる巫女』が現れると言われていたからだ。


回帰前の私はそのことを知らなかったが、カチュアが湖の神殿に現れた時に虹色の空が浮かんだらしい。


そして『聖なる巫女』カチュアが現れたことで、私の立場はますます悪くなっていったのだ。


「いやだわ…あの城を見ていると…回帰前のことを思い出してしまう…」



私は首を振って過去の忌々しい記憶を忘れようとした。

でも大丈夫、あの時の私と今の私は全く違う。


回帰前の私はアルベルトに愛されることだけを願った傲慢な女だった。

けれど、今の私はそのような人間では無いし、何よりアルベルトのことを何とも思っていない。


アルベルトに嫁いだ後は自分に与えられた仕事を私は淡々とこなすだけ。

恐らく1年以内には『聖なる巫女』、カチュアがこの国に現れることになるだろう。


そして2人は必ず恋に堕ちるはず。

アルベルトとカチュアが恋人同士になれば、いずれ2人は私のことが邪魔な存在になるだろう。

その時はこちらから離婚の話を切り出してもいいだろう。


「何としても今回は処刑されるようなヘマはしないわ。アルベルトと離婚して国へ帰るのよ。幼い弟ヨリックの為にも……」



両手をギュッと組んで再び窓の外を眺めた時、突然歓声が沸き上がった。


「うわっ!何だあれは!」

「凄い‥‥始めて見たぞ」

「雲が虹色になっている!」



え?虹色の雲…?!


その声に素早く反応した私は馬車の窓から空を見上げ、目を見張った。


空には虹色に染まった彩雲が浮かんでいた――。

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