第2章 2 ユダの決意

 虹色の雲……。


間違いない、彩雲だ。

回帰前、私はこの城に到着した頃…疲れ切って眠っていた為に彩雲が現れたのかどうかも分からない。


なので私はカチュアがいつ、湖の神殿に現れたのかを知らないのだ。


「ひょっとすると……私が回帰前とでは全く違う行動を取ってきた為に…何かが大きな変化をもたらしたのかしら?それでカチュアもこの世界に現れた…?」



そこへ……。


「クラウディア様!」


不意に馬に乗ったユダが馬車の側にやってきた。


「どうしたの?ユダ」


「クラウディア様、空をご覧になりましたか?」


ユダは何処か興奮気味に尋ねてきた。


「ええ、見たわ。とても美しい虹の空よね」


「ええ、仰る通りですが…俺の話したいことはそこではありません。実は、この国には、言い伝えがあるんですよ。空に虹の雲が現れる時、この国に富と繁栄をもたらしてくれる『聖なる乙女』が現れると」


「そうなのね?素敵な話ね」


当然その話は知っていたけれども、あえて私は知らないふりをした。


「ええ。俺も子供の頃からその話を聞かされてきて……『聖なる乙女』という女性はどのような女性なのか…会えたらどんなにかいいのにと思い描いたものです」


マンドレイクの毒を浴びた後遺症なのだろうか?

ユダは最初に出会った頃よりも随分と饒舌に語るようになった。


「そうだったの…それほど『聖なる乙女』というのはこの国では崇められているのね」


だからなのだろうか?

アルベルトは私と言う妻がありながら‥‥私のことを一切顧みることなく、カチュアを堂々と傍に置いておいたのは。

そして、そのことについて諫言かんげんを呈する者がいなかったのも……。


「そうなんです。そして俺は確信しました。クラウディア様こそ、『聖なる乙女』で間違いないと」


「えええっ?!ユダッ!いきなり何を言い出すの?私が『聖なる乙女』のはずなないでしょう?」


あまりの発言につい、驚きの声を上げてしまった。

私は『聖なる乙女』であるはずは無い。何故ならその人物を私は知っているのだから。


「何故、そう言い切るのです?クラウディア様がこの国に到着した途端に雲が虹色に染まったのですよ?」


「それは単なる偶然よ」


「いくらクラウディア様が否定しようとも、俺は信じますよ。クラウディア様が『聖なる乙女』であると。でも‥‥そうなると益々遠い存在になってしまいましたね…」


「ユダ……」


ユダの声はどことなく寂しげだった。


「クラウディア様が陛下と婚姻されたら、もう俺みたいな下級兵士はお目通りが叶うことも無くなるでしょうね‥‥」


確かにユダの言う事は尤もだ。


「ユダ、貴方には色々お世話になったわね。今までありがとう」


「クラウディア様‥‥俺は決めました」


「決めた…?」


一体何を決めたと言うのだろう?


「俺は更に上を目指します。今はしがない、ただの兵士ですが…努力をして、騎士に叙任されるように頑張ります。騎士になれればクラウディア様の専属騎士になることだって可能ですから」


「ユダ……」


「クラウディア様。自分の国を悪く言うつもりはありませんが…国の中には戦争を起こした『レノスト』国を憎んでいる人々が大勢います。それは城の内部にとどまらず、国民達もです。俺は彼らからクラウディア様を守れる騎士になりますよ」


ユダの顔はいつにもまして真剣だった。


「そう、ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいわ」


その時――。


「姫さーん!」


馬に乗ったスヴェンがやって来た。


「チッ!」


ユダは忌々し気に舌打ちするも、スヴェンは全く気にする素振りも見せず私に話しかけて来た。


「姫さん!城の入り口が見えて来たぞ!」


スヴェンが指さした先には‥‥城壁に囲まれた、巨大な門扉があった――。

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