第1章 92 毒に侵された村『シセル』5

 悲鳴が聞こえた隊列の先頭にやってくると、私達は息を呑んだ。


そこはまさに混乱状態だったからだ。


「これでもくらえっ!」

「モンスターめっ!」



カキィンッ!

キィインッ!!


『エデル』の使者達は互いに剣を抜いて戦っている者たちがいた。


他に彼等の周囲にはぼんやり地面に座り込む者達や、中には何がおかしいのかゲラゲラ笑っている者達もいた。


まさに異様な光景が繰り広げられている。


「ひ、酷いっ!な、何これは……!」



リーシャが口元に手を当て、悲痛な声を上げた。


「王女様……もしかして、これはみんなマンドレイクの毒のせいですか?」


「ええ、そうよ。この村に立ち込めてる霧……これがマンドレイクの毒よ。この霧を長時間吸い込んでしまえば、幻覚を引き起こしたり、神経がやられて麻痺を起こしたりするわ」


「そ、そんな……っ!いったいどうれば……!」


慌てるリーシャに私は声を掛けた。


「リーシャ!しっかりして!今は少しでも私達3人だけで解毒出来そうな人達から助けるのよ。戦っている人達には近づくことが出来ないけれど…座り込んでいる人達になら近づくことが出来るでしょう?」


「ええ、それはその通りですが…我々の言葉が通じるかも怪しいですよ?【聖水】を素直に飲んでくれるかどうかも怪しいです」


トマスは不安そうに私に尋ねてくる。


「それなら大丈夫よ。本当なら口に直接入れるのが一番効果的だけど、皮膚の一部に【聖水】を掛けるだけでも効果はあるから」


「え?そうなのですか?」


「ええ、そうよ。まずは手始めに……あそこに座り込んで、俯いている人から解毒しましょう?」


「はい」

「はい、王女様」


そして私達はゆっくりその人物に近づくと、声を掛けた。


「あの…。私の言葉が分かるかしら?」


「……」


すると、その人物はゆっくり顔を上げてこちらを見た。


「え……?あ、貴方は……ヤコブッ!」


ヤコブの目は虚ろだった。そして何事か呟いている。


「すまない……ユダ…俺はお前が妬ましくて…あんな真似を…」


それはユダに対する謝罪の言葉だった。


「クラウディア様……」


リーシャが私の背後から声を掛ける。


「ヤコブさんは、ずっと悔やんでいたのでしょうね…」


トマスがポツリと言った。


「ええ、そうね。でも…今は一刻も早くヤコブを解毒しないと」


【聖水】の瓶の蓋を開けると、ヤコブに声を掛けた。


「ヤコブ、聞いて。貴方は今マンドレイクの毒に侵されているの。早く解毒をしないとますます症状が悪化してしまうわ。お願いだから口を開けてくれる?」


「…毒…?マンドレイク…の…ですか…?」


「ええ、そうよ」


やはりそうだ。マンドレイクに取り込まれたヤコブには【聖水】を使っている。その効果が今も少しは続いていたのだ。

それにスヴェンは聖水の力が宿った剣を持っているし、ユダは邪気を払える銀の剣がある。だからここにいる人達よりは症状が押さえられているのだ。


「ヤコブ。口を開けてくれる?」


「…はい…」


私の言葉に素直に従うヤコブ。

ヤコブの口の中に【聖水】を数滴垂らした。


すると……。


やはりヤコブもスヴェンやユダと同様、突然崩れ落ちてしまった。


「どうやら効果があったようですね?」


リーシャが背後から声を掛けてきた。


「ええ、そうね」


「【聖水】の力というものはすごいですね。…やはりクラウディア様は……」


「え?」


私はリーシャを振り向いた。何故なら急にリーシャの声のトーンが変わった様に感じたからだ。


「どうかしましたか?」


振り向くと、そこに立っているのはいつものリーシャだった。


「い、いえ…何でも無いわ。それじゃ次は…あそこで横になっている人に【聖水】をあげてみましょうか?」


「はい、分かりました」


トマスに続き、リーシャが返事をした。


「分かりました。ではクラウディア様、参りましょう」


「そうね…」




その後、剣を振り回して戦っている兵士たちを注視しながら、私達は3人で解毒作業を続けた。


リーシャに対する疑念を抱きながら――。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る