第1章 78 一連の事件の首謀者と裏切り者
ここでは少し場所が悪いと言うことで、私とスヴェンは廃屋となった建物の陰に隠れるように座った。
「姫さん…もう本当は気付いているんだろう?」
スヴェンが声を潜めて話しかけてきた。
「ええ…。スヴェンも気づいていたのね」
「ああ、勿論だ。あの毒蛇の事件から疑っていたんだ。誰のことかは分かるよな?」
「ええ…ヤコブでしょう?」
「そうだ。姫さんはいつ気付いた?」
「スヴェンと同じよ。毒蛇の事件から疑ってはいたわ」
「やっぱりな…」
スヴェンはため息をついた。
「きっと…あいつだけはユダが初めに配ろうとしていた危険生物除けの匂い袋を身につけていたんだろうな」
「ええ、間違いないわね。多分…ヤコブは毒蛇に噛まれなかったのよ。彼の傷だけ不自然だったわ」
「そうだよな。他の奴らは皆噛まれた部分が紫色に鬱血していたのに…あいつだけは不自然だった。確かに噛み後のような丸い傷跡が2つあって、血は流れていけれども、鬱血はしていなかった。あの時は全員が噛まれていたから慌てていたし…」
「そうよね‥‥」
私は頷いた。
あの時、私とスヴェンは焦っていた。全員毒に侵されてしまったと思い込んでいたのだ。それで手分けして何処を噛まれたのかを調べた。
そしてろくに傷の状態を確認もせずに、【聖水】をかけてしまった。
「恐らく、ヤコブは事前に蛇に噛まれたように見せかける為に自分で傷を作ったのだろう。それで自分も毒にやられたかのようなフリをしていたんだ」
「そして頃合いを見て、意識が戻ったように演技をしていたのね…」
「アンデッドにしたって、そうだ。あの時、先導を切って前を歩いていたのはヤコブだったんだよ。姫さんは気付いていたか?妙に進むのが遅いと感じなかったか?」
「ええ、それは思ったわ」
「ほかの連中も妙に遅いと首を傾げていたんだよ。その矢先にアンデッドが現れた。わざとあの時間に合せるかのように歩みを遅くしていたように思わないか。でも疑っていたらきりが無いよな。危険生物を引き寄せる匂い袋と言ったって、まさかアンデッドは死霊だから危険生物にはあたらない可能性もあるし…」
スヴェンは苦笑した。
「いいえ…多分、アンデッドも同じよ。恐らく匂いに引き寄せられたのだと思うの。私もヤコブを疑ってはいたけれども…さっきの彼を見て疑いが確信に変わったわ」
「さっきのヤコブ?何かあったか…?あ!そう言えばあいつ…ポケットから何か布のようなものを取り出そうとしたのが見えたんだ。それで何だか嫌な予感がして俺は姫さんに声を掛けたんだよ。そしたら…」
「鈴がポケットから落ちたのよね。それでヤコブが犯人に違いないと確信したの」
「鈴?鈴を見て何故ヤコブが犯人だと思ったんだ?」
不思議そうにスヴェンが首を傾げた。
「ええ。鈴の音はね、魔物が嫌う音…清めの音なのよ。ヤコブは自分だけアンデッドに襲われないように鈴も用意していた可能性があるわ」
「な、何だって…?アイツ…一体何を考えているんだ?!そんなことをすれば全員死んでしまう可能性だってあるじゃないかっ!大体、あいつ等の役目は姫さんを無事に『エデル』に連れていく事じゃ…」
そこまで言いかけてスヴェンは息を呑んだ。
「ま、まさか…。姫さんが『エデル』に嫁ぐのを阻もうとしている連中がいるって事なのか…?」
「…ええ。多分…そうね」
もしかすると、その人物をユダは知っているのではないだろうか?それで、私を助ける為に逃がそうとしていた…?
「姫さん…大丈夫か?顔色が真っ青だ」
スヴェンが心配そうに声を掛けてきた。
「ええ、大丈夫よ。私よりもユダの方が心配だわ…」
「何でだよ?姫さんの方が危険な状況に置かれているじゃないか」
「そんなこと無いわ。私は絶対に『エデル』に辿りくことが出来るから」
回帰前も私は危険な目に遭いながら、結局『エデル』に辿り着くことが出来た。
だから今回も必ずたどり着けるはず。
けれど、スヴェンはその事実を知らないから心配でたまらないのだろう。
「そう…なのか?」
「ええ。ユダの方が余程危険な立場に置かれているわ」
私のことは今はいい。それよりもユダだ。
彼は恐らく命を狙われているに違いない。
ユダの命を守ることが最優先だ。
彼は私の為に仲間を敵に回してしまった。
だから彼を守らなければ――。
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