第1章 79 もう1つの理由
「スヴェン。私がヤコブが怪しいと思ったのか…理由はまだ他にもあるわ。貴方はこの状況を見て何か感じない?」
私は深い眠りに就いている『エデル』の使者達を見つめながら尋ねた。
「皆、よく眠ってるよな。余程疲れているのか…?」
「それもあるかもしれないけど、だったら今起きているスヴェンもヤコブも同じことよね?なのにスヴェンは起きていられるでしょう?」
「まぁ確かにな」
「逆に、馬車の中で休息が取れるリーシャもトマスも良く眠っているわ…」
「…そう言えばそうだな…」
「私ね、嗅覚がすごく優れているのよ。今この周囲は風に乗って、ある特殊な匂いに満ちているのが分かるの」
「特殊な匂い…?すまん、姫さん。俺には良く分からないよ」
スヴェンが申し訳なさ気に頭を下げた。
「いいのよ、別に謝らなくて。気付かないほうが当然だから」
「そうか…それでどんな匂いが漂ってるんだ?」
「ええ。この香りは…ワスレグサと呼ばれる植物で、別名『スイミンソウ』とも呼ばれているハーブの一種よ」
「『スイミンソウ』?聞いたことがないな…」
首を傾げるスヴェン。
「知らなくて当然よ。これは不眠症の人に調合される睡眠薬みたいなものだから。多分特殊な製法で作られたのだわ」
この睡眠薬はとても高級で、貴族や金持ちしか手に入れることが出来ないのだ。
現に回帰前、私はアルベルトと『聖なる巫女』カチュアの存在のせいで、悩み苦しんだ。そのおかげで不眠症になり、『スイミンソウ』を毎晩常用する様になっていた。
「それで皆眠ってしまったのか…ん?だったら何故だ?俺も姫さんも…ヤコブも平気なんだ?」
「ヤコブが何故眠らずにいられるのかは分からないけれども、ある意味彼が『スイミンソウ』の香りを充満させた証拠になるわ。そして私とスヴェンが眠らずにいられるのは【聖水】のお陰よ」
「【聖水】…?」
「ええ、食事を終えた頃から匂いを感じ始めたの。だからあらかじめ【聖水】を少し飲んでおいたのよ。ありとあらゆる毒物や身体に影響が及ぼされる成分を中和してくれるから」
「【聖水】って飲めるのか?」
スヴェンが驚いた様子で尋ねて来た。
「ええ。勿論よ」
「でも俺は飲んでないぞ?でもどうして平気なんだ?」
「多分、今持っている剣のおかげだと思うわ」
「え…?」
スヴェンは腰に差してある剣を見た。
「アンデッドとの戦いの前に貴方に【聖水】を渡したわよね?」
「ああ。それで言われた通り、この剣に【聖水】を…え?まさか…」
「そうよ。スヴェンの持つ剣はもう【聖水】の成分を帯びているの。それを持っているから身体に影響が出ていないのよ」
「そうだったのか…」
スヴェンは感心したかのように改めて自分の剣に触れ…次に私に礼を述べて来た。
「姫さん、本当にありがとう。俺…姫さんを助けるなんて言いながら、結局姫さんを頼っているよな。もっともっと頼れるような存在になれるように頑張るよ」
「何言ってるの。貴方はもう充分頼りになっているわ。いつもありがとう。本当に感謝しているわ。だから…これからも力になってくれる?」
「ああ、そんなの当然じゃないか。それで?俺は一体何をすればいい?」
「ええ、貴方にお願いしたいことは…一緒に『エデル』の使者達を説得してもらいたのよ」
「説得?一体何の?」
「ユダのことよ」
「ユダの…?」
「ええ、実はね……」
私の話を聞いたスヴェンの目が大きく見開かれた――。
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