第1章 68 夜に響き渡る悲鳴 後編

 本当は私の敵かもしれないリーシャの前で、【聖水】の存在が知られることがどれほど危険な事か…理解していた。


けれども、こんなに危機的状況の中ではそのようなことは言っていられない。

それに…まだリーシャが何者かの内通者だと決まったわけではないのだから。


「姫さん…これは…ひょっとして…」


しかし、スヴェンは私の気持ちを理解してくれていた。すぐにこれが【聖水】だと気が付いたのに、何も触れないでいてくれている。


「それを…スヴェンの持っている剣に少しでいいから振りかけて。アンデッドに効果絶大だから。余力が有れば、他の兵士たちの剣にもかけてあげて」


「分かった…姫さん。恩に着るよっ!」


スヴェンは瓶を握りしめると、アンテッドの群れを目指して走り去っていった。




「ク、クラウディア様…スヴェンさんに渡したものは…何ですか…?」


スヴェンがその場からいなくなるとすぐに、リーシャは尋ねて来た。


「あれは…」


どうしよう?何と説明すればよいのだろうか?


するとトマスが口を開いた。


「王女様。あれはひょっとすると濃度の濃い塩水なのではないですか?」


「え?」


「アンデッドは塩に弱いと聞いたことがあります。あれをアンデットが口にすると自分が死者であることを思い出し、地面に還るそうですよ」


「トマス…」


ひょっとするとトマスはユダからリーシャのことを忠告されていたのだろうか?それであんなことを…?


「え、ええ。そうなの。この辺り一帯は夜になるとアンデッドが動き回ると知っていたから『クリーク』の町で用意させて貰ったのよ」


「なるほど。そうだったのですね?」


リーシャは納得したかのように頷いた。



 遠くの方では未だに兵士達の騒ぎ声が聞こえいる。

恐らくアンデッドたちと戦いを繰り広げているのだろう。


「皆さん…大丈夫でしょうか…?」


リーシャが震えながら呟くように言った。


「ええ。多分…大丈夫よ」



回帰前も、アンデッドに襲われたけれども誰一人命を落とした者はいなかった。

あの時は夜明け前に近い時間だったおかげで助かったのだ。


アンデッドは太陽の光に弱い。


戦いの最中に夜が明け…太陽の光を恐れたアンデッドたちは土の中へ戻ったお陰で私たち全員無事でいられたのだ。



「そうですか?クラウディア様がそうおっしゃると…何だか本当に大丈夫な気がしてきました」


震えていたリーシャが笑顔を見せる。


「そうですね。王女様は…不可能な事でも可能にしてしまえるような不思議なお方ですから」


トマスもリーシャの言葉に同意した。


「そんなことは無いけれども…でも皆無事に決まっているわよ」


今回は夜明けまではまだ間があるものの、【聖水】があるのだ。彼らがアンデッドたちに負けるはずがない。



 それから少しの間、前方では激しく戦っている音が聞こえていたが…やがて静かになった。


「静かになりましたね…」

「お、終わったのでしょうか…?」


リーシャとトマスが震えながら外の様子をうかがっていると…。


ザッザッザッ…


こちらへ何者かが近づいてくる気配を感じた。


そしてスヴェンが窓から顔をのぞかせた。


「姫さん」


「スヴェン!良かった…無事だったのね?怪我はない?」


「ああ、姫さんのお陰でばっちりだった。あっという間にアンデッドたちを殲滅させられたよ。皆、姫さんに感謝していたよ」


スヴェンは笑顔で答える。


「そう…良かったわ。皆無事で」


「あ、ああ…まぁな…」


何故かスヴェンの歯切れが悪い。


「どうかしましたか?スヴェンさん」


リーシャが尋ねるとスヴェンは笑った。


「いや、何もないさ。それよりすぐに出発だ。夜明けまではまだ長いし、この付近は危険だから早く抜けた方がいいって皆言っていたからな」


「ええ、そうね」




そしてスヴェンの言う通り、それからほどなくて再び私たちは先へ進み始めた。


でも良かった…。

今回も1人も犠牲者が出ること無く、アンデッドの群れを倒すことが出来て。



けれど、この時の私はまだ何も知らなかった。


『エデル』の兵士たちの間で…ある問題が起こっていたということに―。







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