第1章 64 毒蛇事件 前編
馬は私を前に、スヴェンを後ろに乗せてゆっくりと歩いていた。
私達の前方には大きな岩がそびえ立っている。
「姫さん。恐らく悲鳴はあの岩陰から聞こえたんじゃないか?」
私の背後からスヴェンが声を掛けてきた。
「ええ、そうね…私もそう思うわ」
すると…。
突然馬が足を止めてしまった。
「おい?どうした?」
スヴェンが馬を歩かせる合図を送っても、動こうとしない。
「参ったな…降りるしか無いか」
「そうね」
返事をしながら、私は益々不吉な予感を感じていた。
馬は人一倍臆病だと聞いたことがある。ひょっとしてこの先に何か危険を察知して、先へ進むことを拒んでいるのだろうか。
スヴェンが先に降りた後、私は彼の手を借りて馬を降りた。
「スヴェン、馬はどうしておくの?」
「そうだな…手綱を括り付けておく場所も無いし…とりあえず賢い馬だから何処かへ行ってしまうことは無いと思うんだよな…ん?あの岩にこぶのようなものがあるな。あそこに手綱を引っかけておくか」
スヴェンは近くの岩に馬を連れて行くと、こぶの部分に手綱を引っかけた。
「いい子にして待ってろよ」
愛馬の身体を撫でたスヴェンは私を振り返った。
「それじゃ、行くか。姫さん」
「ええ」
そして私とスヴェンは馬をその場に残し、悲鳴が聞こえたと思われる岩を目指して静かに近づいた時…岩陰から人の気配を感じた。
「くそっ!まだいたのかっ?!」
それはユダの声だった。
それと同時に何かが空を切る音が聞こえた。
「あいつ!何かと戦っている!」
スヴェンが走った。
私も慌てて彼の後を追う。
スヴェンが岩陰に姿が消えたと同時にユダの声が上がる。
「お前っ!何故ここに…!」
「それより先に奴を始末するんだっ!」
始末?一体何のこと?
慌てて岩陰を覗いた時…私は見た。
地面にはエデルの兵士たちが倒れこみ…前方には頭を頭を切り落とされたり、短刀が突き刺さった蛇の死骸があちこちに散らばっていた。
ま、まさか…毒蛇…っ?!
ユダとスヴェンの前には1匹の大きな蛇が鎌首をもたげて、威嚇音を発している。
「これでもくらえっ!」
スヴェンは腰に差していた短刀を蛇の頭部めがけて投げつけた。
ザクッ!
鈍い音と同時に蛇の頭部には見事にダガーが刺さっていた。
「や、やるじゃないか…」
ユダが荒い息を吐きながらスヴェンを見た。
「ああ、まあな。ところで蛇は他にもいるのか?」
「いや…た、多分あれが最後…うっ!」
突然ユダが崩れ落ちた。
「ユダッ!」
慌てて私は岩陰から飛び出し、ユダに駆け寄った。
「……」
しかし、ユダはもはや返事すらしない。
「姫さん…多分こいつら全員猛毒のある蛇に噛まれたんだ…」
スヴェンが青ざめた顔で地面に倒れているユダ達を見渡した。
「ええ…そうね…」
「まずいぞ…このままじゃこいつら全員毒が回って死んでしまう…」
スヴェンは呆然としている。
「大丈夫よ、全員…私が助けるわ」
「え?どうやって…?」
「スヴェン。肩から下げているのは水筒でしょう?水は入っている?」
「ああ、勿論入っている」
スヴェンは水筒を肩から外すと手渡してきた。持ってみると半分は残っているようだ。
これだけあれば十分なはず…。
私はメッセンジャーバッグから【聖水】の入った小瓶を取りだすと、水筒の蓋を開けて、数滴垂らした。
「スヴェン。皆が何処を噛まれているか調べてくれる?」
「ああ。分かった!」
私は一番初めに噛まれたと思われるライに近づき、噛まれた場所を調べた。
「…ここだわ」
左腕に蛇に噛まれた跡がついていた。既に毒が回り始めているのか紫色に変色している。
噛まれた部分に早速【聖水】を少しだけ振りかけると、見る見るうちに肌の色が元通りになっていく。
「凄い…」
スヴェンがその様子を見て驚いている。これで、ライの毒は消えたはずだ。
「スヴェン、彼はどこを噛まれたのか教えて」
私は足元に倒れている兵士の前にしゃがむとスヴェンに尋ねた。
「ああ。彼は…」
こうして私とスヴェンは2人がかりで、毒蛇に噛まれた全員に毒消しの治療を施したのだった―。
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