第1章 62 怪しい人物と響き渡る悲鳴

「ふぅ…この洞窟は涼しくて気持ちがいいですね…」


馬車酔いの為に、地面に横たわったトマスがようやく口を開いた。


「良かったわ、話が出来るまでに回復したのね?」


「王女様…ご心配おかけして申し訳ございませんでした」


「いいのよ、馬車に不慣れなら酔っても仕方ないわ。それに私もそろそろ休憩してもらいたかったから、丁度良かったわ」


「それにしても、うんざりする景色が続きますね…早く『シセル』の村に到着してもらいたいです」


そしてリーシャは木のコップで水を飲んだ。


「ええ。そうね…」


やはり、リーシャは回帰前と同様、あの村の惨状を知らないのだろう。あの村に行けば…今のこの景色のほうがどれだけマシだったかと思うに違いない。


早く…『シセル』の村へ着かなければ…手遅れになる前に…。

私はギュッと手を握りしめた。



その時、洞窟の外に出ていたスヴェンが戻ってきた。


「姫さん」


「あら、スヴェン。どこへ行っていたの?」


「少し外の様子を見回っていたのさ」


「スヴェンは元気ね?ひょっとして他の人達も全員外に出ているの?」


「ああ。食事の準備をしているんだ。」


「え?食事の準備?なら私も手伝わないと」


立ち上がると、リーシャが慌てて引き止めた。


「何を仰っているのですか?クラウディア様がお手伝いされるなんて。第一お料理出来るのですか?」


「出来るのか?姫さん」

「まさか、料理まで作れるのですか?」


回帰前の私には当然料理など作れるはずは無かった。

けれども私は主婦として家族のために家事をしていたのだ。別に料理くらいどうってことはない。


「ええ。大丈夫よ。行ってくるわ」


それに…彼らの近くにいれば、誰が私を見張っているのかヒントを得られるかもしれない。


「それなら私も…」


立ち上がりかけたリーシャを引き留めた。


「大丈夫よ、私が行ってくるから。リーシャは休んでいて。随分疲れているようだから」


「すみません…クラウディア様」


「いいのよ、トマスとここで休んでいて」


するとスヴェンが声を掛けてきた。


「俺は姫さんを手伝うぞ?いつだって俺は姫さんと一緒だからな」


「フフ…まるで本物の騎士みたいね。それじゃ行きましょうか?


「ああ」


そして私とスヴェンは連れ立って、洞窟の外へと向かった。




「おや?クラウディア様、どうしましたか?」


洞窟の入り口では『エデル』の使者たちが石を積んで竈を作っており、いち早く私の姿に気付いたヤコブが声を掛けてきた。


「ええ、私も料理の準備を手伝おうかと思って」



すると、すぐに反応する他の使者たち。


「ええっ?!クラウディア様が?そんな…冗談でしょう?」


「そうですよ。食事の準備なら我らに任せておいてください」


「それとも…俺たちのような者が作った料理は食べられませんか?」


1人の赤毛の男がジロリと私を見た。


「何だと?お前…姫さんに何て口利くんだよ?」


スヴェンが赤毛男の前に立ち塞がった。


「あぁん?何だよ?俺は思ったことを言っただけだ。第一、お前こそ気に入らねぇんだよ。勝手に俺たちについてきやがって‥」


「おい、やめろ。ライ。揉め事を起こすな」


「チッ!」


ライと呼ばれた赤毛男は面白くなさそうに舌打ちをする。


「全く…やってられないぜ!ユダの奴はすっかり腑抜けのようになっちまったし、妙な奴らは増えていくし…だったら好きにしろ!俺は知らないからな!」


ライはプイと踵を返し、何処かへ歩き去ってしまった。

ひょっとして、彼が監視者なのだろうか?だが、あれでは態度があからさまだ。

本当に私を監視するなら、怪しまれない態度を取るはず…。


その時、ふと気が付いた。


「ねぇ、そう言えばユダがいないけど…どうしたの?」


いや、ユダだけではない。他に4名足りない。


「ユダは他の仲間と共に食材を探しに行っています」


ヤコブが教えてくれた。


「食料?こんな場所に食材なんかあるのか?」


スヴェンが驚きの声をあげる。


「もしかして…食材が足りないの?」


「いえ…食材が特に足りないわけではありませんが、万一のことを考えてだと言っていました。恐らくサボテン位なら手に入ると思うのですが…」


その時…。


「うわあああーっ!!」


男の悲鳴が響き渡った―。








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