第1章 53 闇の中の侵入者

「ふぅ…やっと【聖水】の原液が完成したわ…」


机の上には光り輝く10本の小瓶が乗っている。

この光り輝く液体を手桶の場合、ほんの一滴垂らすだけで【聖水】に変化させることが出来る。


「これだけあれば…きっとあの村も救われるはず…」


時計を見ると、既に9時を回っていた。


「ええっ?!もうこんな時間だったの?そう言えば作業の途中で手元が暗くなってきたから、アルコールランプを灯した記憶はあるけれど…」


どうも錬金術を使用している間は時間の感覚が分からなくなってくる。


「明日も早いし…もう眠った方が良いわね…」


出来上がった【聖水】の入った瓶を割れないように布で1本1本包むと麻袋の巾着に入れ…念の為に枕の下に隠した。


「ここに隠しておけば…多分大丈夫よね?」


寝間着に着替えると部屋の明かりを消して、ベッドの中に潜り込むと、目を閉じた。


いよいよ、明日は『シセル』へ向かうことになる。

一番問題が発生している『レノスト王国』最後の領地へ―。




****



 ベッドに入って、どれ位時間が経過しただろうか…。


ミシッ

ミシッ…


床を踏みしめるような音で私はふと目が覚めた。


え…?ま、まさかこの部屋に誰かいるのだろうか…?


静寂に満ちた暗闇の中で、人のうごめく気配を感じるというのは恐怖以外の何物でも無かった。


侵入者は何かを探しているのだろうか?足音を立てないように動いている様子がヒシヒシと伝わってくる。


一体誰がこの部屋に…?


恐怖で身体の震えが止まらない。

メッセンジャーバッグの中には侵入者の興味を引く物は一切入っていない。

錬金術を行なう為に必要な道具は全て私が使っている枕の下に隠してある。

侵入者がこちらへ来ない限り…見つかるはずは無いのだから。


お願い…どうか、諦めて早く部屋から出ていって…!



その時―。



「チッ!ここには無いか…」


部屋の中で舌打ちする声が聞こえたかと思うと、暗闇に声が響き渡った。


「目が覚めているんだろう?」


「!」


その言葉に冷水を浴びせられたかのように、全身から血の気が引くのを感じた。


「……」


恐怖の為に一言も言葉を発することが出来ない私に、再度暗闇の中で侵入者は追い打ちを掛けてくる。


「寝たふりをしてごまかせるとでも思ったか?」


「わ、分かったわ…」


言うことを聞かなければ、どんな目に遭わされるか分かったものではない。


ゆっくりベッドから起き上がり…侵入者を見た瞬間、私は息を呑んだ。


「!」


何とその人物は暗闇の中でもよく見える、白い覆面を被っていたからだ。


闇に浮かぶ白いマスク姿の人物に危うく悲鳴を上げそうになり、咄嗟に口元を両手で押さえた。


もし、今悲鳴を上げればただではすまないかもしれない。


「どこに隠した?」


声の主は男だった。


「な、何を…?」


ひょっとすると【賢者の石】のことだろうか…?


「【エリクサー】をどこにやったかって聞いてるんだよ」


この人物は…賢者の石を探していたわけでは無かったのか。

それに、声は明らかに男性のものだ。


ということは…リーシャではない…。


良かった、侵入者はリーシャではないのだ。

その事実に私は少しだけ安堵した。


「何だ?随分余裕な態度じゃないか…。流石は王女だな?まぁいい。もう一度聞こう。【エリクサー】はどこにある?」


私の心の動きが侵入者にも気付かれてしまったようだ。


「も、もう…ここには【エリクサー】は無いわ…。ほ、他の場所にあるのよ…」


返事をしながら私は素早く辺りを見渡した。


何か、侵入者を油断させる方法は無いだろうか…?その時、ある物が私の目にとまった。


そうだ、あれを使えば…。


「他の場所にある?なら…案内してもらおうか?」


覆面男は私のいるベッドに近付いてきた。


「こ、来ないでっ!!」


大きな声で叫ぶとベッドサイドの脇に置かれた花が飾られた花瓶を掴むと覆面男に向けて思いきり投げつけた―。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る