第1章 52 次の村へ向けての準備

「か、覚悟って…?一体どういうことですか?」


トマスが怯えた様子でユダに尋ねた。


「つまり、あの村に行くには覚悟が必要ってことだ。悪いが…それ以上のことはここでは話せない」


ユダはチラリと視線を向けると、その先には人々が食堂の後片付けをしている姿があった。


「そ、そうですか…」


トマスはそれだけ言うと黙ってしまった。恐らくユダの雰囲気からそれ以上の事は聞きにくいと感じたのだろう。


「クラウディア様、明日からまた旅が始まります。もう部屋で休んだほうがいいでしょう。送りますよ」


「ええ、ありがとう。それじゃ、トマス。又ね?」


「はい、王女様」



「では参りましょう、クラウディア様」


私はユダに連れられて、食堂を後にした。



「ユダ」


食堂を出るとすぐに声を掛けた。


「何でしょうか?」


「私の部屋の前で見張りをした後…部屋には戻らなかったわよね?」


「ええ」


「外に出たみたいだけど…」


「そうです。リーシャが話をしていた人物がまだ外にいるのでは無いかと思い、様子を見に行ったのです」


「それで…『エデル』の人は誰かいたの?」


「いいえ、いませんでした」


首を振るユダ。


「ユダは…もう誰が怪しいのか見当はついているの?」


そこまで話した時、ユダは足を止めた。


「どうしたの?」


「いえ、部屋に到着したからです。それではごゆっくりお休み下さい」


「え?まだ話は終わって…」


すると、ユダが唇の前で人差し指を立てて静かにするようにジェスチャーをした。


「ユダ…?」


「いけません、ここで話をしては。誰に聞かれているか分かったものではありませんから」


「そ、そうね…確かにその通りよね」


ユダの言葉はもっともだった。ユダを含めて『エデル』の使者は総勢11人いるのだ。この中に敵が何人潜んでいるかも分からないのだ。


それにリーシャだって…。


思わず俯くと、ユダは何か勘違いしたようだった。


「やはりまだお疲れのようですね。明日からまた長旅が続きます。何しろ次の村までは半日以上かかりますから、ゆっくりお休み下さい」


「ええ…分かったわ。もう今日は休むことにするわ」


考えてみれば隣の部屋にはリーシャがいる。

ユダはリーシャのことを強く疑っているのだから、ここで話は出来ないだろう。


「ではごゆっくりお休み下さい。明日は9時には出発しますから」


「そうね。ユダ、貴方も休んで頂戴」


「はい、分かりました。では扉を閉めて鍵を掛けて下さい。それを見届けてから俺も部屋に戻りますから」


「分かったわ」


ユダに言われ、私は部屋に入るとすぐに内鍵を掛けた。


カチャ…


鍵を回して掛けると、ユダの足音が聞こえ…隣の部屋の扉の開く音が聞こえ、やがてバタンと音が聞こえてきた。



「…ふぅ…」


隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえると私はためいきをついた。


なんてことだろう。

こんな…ユダの様子を伺うような真似をするなんて。

ひょっとすると、私はユダの事を…無意識の内に疑っているのだろうか?


「本当に疲れるわ…」


回帰前の私は本当に何て能天気だったのだろう?

私の周囲はこんなにもさまざまな人物の思惑が絡んでいたというのに、初恋の相手と結婚できる喜びで一杯で浮かれていた。


あの時は、自分のことしか考えられない我儘で身勝手な人間だったのだから。



「次の『シセル』へ行く為の準備が必要よね…」


ポケットの中から今はただの石でしか見えない【賢者の石】を取り出し、握りしめると念じた。


すると石が徐々赤い輝きを取り戻していき…。


「これでいいわね…」


テーブルの上に元の姿に戻った【賢者の石】を置いた。


そして私は『シセル』の村で必要になる【聖水】を作る為の準備を始めた―。

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