第1章 54  逃げた犯人、そして…

 覆面男に向って花瓶を投げつけるものの、簡単に避けられてしまった。


ガチャーンッ!!


対象物を無くした花瓶は床の上に落ち、派手な音を立てて粉々に砕け散る。


「ハハハハ…一体どこを狙っているんだ?さぁ大人しく来てもらうぞ」



覆面男はベッドの上で震えている私に向ってへズカズカと近付いてくると、いきなり左腕を掴まれてしまった。


「こ、来ないでっ!!」


「フン!暴れても無駄だ」


覆面男はすごい力で腕を握りしめてくる。


お願いっ!誰か…来てっ!

あなた…助けて…っ!!


願っても無駄なのに、愚かにも私の脳裏には日本に残してしまった夫の姿が浮かんだ。



その時―


「「クラウディア様っ!!」」


ほぼ同時に2人の人物が暗闇の部屋の中に飛び込んできた。

その人物は…。


「リーシャッ!ユダッ!!」


何と真っ先に駆けつけてきのは犬猿の仲だったはずのリーシャと剣を握り締めたユダであった。


「クラウディア様っ?!」


「貴様…その方から離れろっ!」


ユダは剣を鞘から引き抜くと、覆面男に剣を向けた。


「姫さんっ!!」


騒ぎを聞きつけてか、スヴェンも部屋に飛び込んできた。彼の背後には4名のエデルの兵士達も混じっている。



「チッ…!!」


分が悪いと感じたのか、覆面男は掴んでいた私の腕を離すと窓まで後ずさった。


「クラウディア様っ!」


覆面男が私から離れると、リーシャが駆けよってきた。


「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


「え、ええ…」


両肩を抱えて震えながら私は何とか返事をした。


「貴様…ふざけた覆面などしおって…一体どこのどいつだ?まぁいい…その身を捉えて覆面を剥げば貴様が何者か分かるだろう」


ユダは剣を向けたまま、一歩覆面男に近づく。


「生憎…捕まるわけにはいかないんだよ」


男はそれだけ言うと、突然窓に向って駆け出した。


ガチャーンッ!!


あろうことか、男は額の上で腕をクロスさせるとそのまま窓を突き破ったのだ。


「馬鹿なっ!ここは2階なのにっ?!」


ユダが剣を握りしめたまま、窓枠に駆け寄った。スヴェンとエデルの兵士たちも窓に駆け寄り、下を見下ろしている。



「ど、どうだったの…?」


私は恐る恐る彼等に声を掛けた。


「姫さん…駄目だったよ」


こちらを振り向いたスヴェンが残念そうな表情で私を見る。


ユダを含めた、その場にいた全員の視線が私に注がれた。


「でも…無事で良かったよ。姫さん」


スヴェンが私の側に来ると笑みを浮かべた。


「ええ、そうね」


「本当に…無事で良かったです…」


リーシャが涙ぐみながら私を見つめる。


「リーシャ…心配掛けさせてしまったわね」


涙ぐみ彼女を見て思った。

本当にリーシャはユダが怪しむように私の敵なのだろうか?

真っ先にユダとほぼ同時に私に部屋に駆けつけてきたのに?


すると…。


「クラウディア様」


ユダが近くにやってきた。


「ユダ…」


「…申し訳ございませんでした。貴女を危険な目に遭わせただけでなく…賊まで取り逃がしてしまって…」


「いいのよ、この通り私は無事だし何も取られたものは無いのだから。大丈夫よ」


「ですが…」


何故だろう?ユダの顔が真っ青だ。しかも心なしか震えているように見える。


「ユダ?」


するとユダは一瞬ハッとした顔になると、部屋にいた兵士たちに命じた。


「おい、他の仲間達の部屋へ行って確認するぞ!」


「「「「はいっ!!!!」」」」


次にユダはスヴェンを振り向いた。


「スヴェン」


「何だ?」


「今夜はクラウディア様に付き添ってくれ」


「えっ?!」


声を上げたのはリーシャだった。


「付添なら私が…」


「お前は女だから無理だ。スヴェン、お前は剣が使えるのだろう?」


「あ?ああ、勿論だ」


「ならクラウディア様を頼む、行くぞお前たち」


ユダの言葉に4人の兵士たちは部屋を出ていく。

そして最期に部屋を出ようとしたユダがリーシャに言った。


「リーシャ、お前は部屋に戻れ」


「そ、そんなっ!私は…っ!」


リーシャは私を振り返った。


リーシャ…。



「待って、ユダ。こんな事件があった後だもの。リーシャだって不安だと思うわ。だから3人で部屋で過ごそうと思うの」


私はリーシャとスヴェンを交互に見た。


「クラウディア様…あ、貴女と言う人は…」


ユダの顔が苦しげに歪む。


「どうした?ユダ」


スヴェンが声を掛けた。


「別に…。分かりました。クラウディア様の好きになさって下さい」


それだけ言うと、ユダは部屋を出て行った。


「ユダ…どうしたのかしら…?」


「ええ、そうですね」


リーシャは首を傾げている。しかし、スヴェンだけは違った。


「あいつ…もしかして…」


「スヴェン?」


「あ、いや。なんでも無いさ。それじゃこの部屋は窓が割れてしまったから…どうするか…」


するとリーシャが手を上げた。


「あの、私の部屋に移動するのはいかがですか?ベッドは2台ありますし、長ソファもありますから」


「そうだな、それがいい。構わないだろう?姫さん」


スヴェンが同意を求めてきた。


「ええ、そうね。それじゃ荷物を持って移動するから先に2人は部屋に行ってて?」


「ああ」

「分かりました」


2人が部屋を出ていくと、私はリーシャの部屋へ移動する準備を始めた。


「…」


枕の下から隠しておいた【聖水】入の瓶が入った麻袋を取り出した。


「もう…今夜は平気よね?」


麻袋をメッセンジャーバッグにしまうと、私はリーシャの部屋へ向った―。


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