第1章 45 信頼できる人物とは
「リーシャが『エデル』の兵士と仲良くなっていたの?」
スヴェンに尋ねた。
「ああそうさ。さっき温泉に行った時、入り口でリーシャの姿を見かけたから声をかけようとしたら兵士と仲よさげに話していたから驚いたよ。ひょっとして野戦病院で傷病兵の治療に当たっている時に親しくなったのかな…?」
「そうなのね。きっと気があったのかしら?」
スヴェンに動揺している姿を見られてはまずい…。何故なら彼は何も事情を知らないのだから。
それに…何よりユダに良い感情を抱いていない。
無事に『エデル』に辿り着くには…警戒を怠らず、何も気付いてないふりをして乗り切らなければならないのだから。
すると、何を思ったのかトマスが口を挟んできた。
「ですが、リーシャさんは僕が気付いたときは野戦病院にいませんでしたよ?」
「あ、そう言えばそうだったな。確か井戸で汚れ物の洗濯をしていたって言ってたな。あれ…?うん、そうか。なるほどな」
スヴェンが何か思い出したのか、頷いた。
「どうしたの?スヴェン」
「ああ、今思い出したんだけど、そう言えばリーシャと話をしていたあの兵士の姿もあまり野戦病院で見かけなかったんだよ。ひょっとして2人は一緒に井戸で洗濯をしている内に仲良くなったのかもしれないな」
人の良いスヴェンは2人がどうやって親しくなったのか、自分の中で結論付けてしまった。
「「…」」
けれど、その話を聞いて穏やかでいられなくなったのは私とトマスの方だった。
ひょっとしてリーシャは…初めから『エデル』の兵士と内通していた…?今迄旅の途中で彼等の文句を言っていたのは私を油断させる為だったのだろうか?
一度疑心暗鬼にとらわれてしまうと、中々拭い去る事ができない。
「どうしたんだ?姫さん。顔色が悪いぞっ?」
スヴェンが驚いたように声を掛けてきた。
「そ、そう?」
「ええ、スヴェンさんの言う通りです。王女様…。酷い顔色をしていますよ?」
トマスも心配そうに私を見ている。
「大丈夫よ…」
しっかりしなければ。
『エデル』に嫁げば、私はこの先もっと周囲を警戒して生きなければならない。
『聖なる巫女』と呼ばれるカチュアがアルベルトの前に現れ、彼と離婚を成立させるまでは…。
これくらいのことで動揺するわけにはいかない。
私は深呼吸して、気持ちを落ち着けるとスヴェンとトマスに声を掛けた。
「心配掛けてごめんなさい。やっぱり疲れがまだ残っているのかも知れないわね。早く温泉に入って疲れを癒やしてくるわ。またね、スヴェン。それじゃトマス。行きましょう?」
「はい、参りましょう。王女様」
トマスに促され、再び温泉に向かおうとした時…。
「姫様。待ってくれ」
スヴェンが背後から声を掛けてきた。
「何?スヴェン」
スヴェンは一度考え込むかのように俯き…次に顔を上げた。
「姫様。俺は…この先、何があっても姫様の味方だからな?それだけは信じてくれ」
「スヴェン…」
彼は澄んだ瞳で真っ直ぐに私を見つめている。
「…ありがとう、スヴェン。その気持…。とても嬉しいわ」
笑みを浮かべてお礼を述べた。
「ああ…。それじゃ又な。姫さん!」
スヴェンは手を振ると踵を返し、自分の部屋へと去って行った。
「王女様。行きましょう」
少しの間、スヴェンの後ろ姿を見届けているとトマスが私を呼んだ。
「ええ」
廊下を歩きながらトマスが遠慮がちに声を掛けてきた。
「王女様…僕は…彼のことは信用してもいいかと思います…」
「そうね、私もそう思うわ」
スヴェン…ありがとう。
少しだけ心が軽くなった気がする。
私は心の中でスヴェンにお礼を述べた―。
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