第1章 36 夢と目覚め
私は全神経を集中させて【エリクサー】の元を作り上げた。
テーブルの上には透明の液体が入った銀のボウルが乗っている。
「…やっとここまで出来たわ…あと少しで完成ね」」
疲れはピークに達していた。
錬金術を使うと、非常に体力が奪われる。何故なら自分の魔力も注ぎ込んで作るからだ。
「後は…最後の仕上げに【賢者の石】の抽出液を注ぎ込めば…」
液体が入ったボウルの中に乳鉢の中の赤く光り輝く液体を注ぎ入れる。
トクトクトク…
すると次の瞬間、透明の軟膏が眩しい程の光を放ち、部屋の内部が一瞬白い光に包まれた。
「っ!」
眩しさのあまり、目を閉じ…やがて光は消えていく。
ゆっくり目を開けると、ボウルの中には青白く鈍い光を放つ【エリクサー】の元となる液体へと変化していた。
「後はこの液体にオイルとミツロウを湯煎にかけて、混ぜるだけね」
そこで私はバッグの中からメモ紙を取り出し、オイルとミツロウの分量を書き留めた。
「ふぅ…とりあえず私が今、ここで出来ることはこれが全てだわ」
出来上がった液体を用意してきた牛乳瓶程度のサイズのガラス瓶に慎重にそそぎ入れると、2本分の【エリクサー】の原液が出来上がった。
「この原液は半永久的に持つから…これでこの町はもう大丈夫よね…」
壁に掛けられていた振り子時計を見ると、時刻は既に夜の10時になろうとしていた。
「大変…!もう2時間近く経過しているわ」
夢中になって【エリクサー】を作っていたので、こんなに長い時間が経過していたとは思いもしなかった。
ユダをだいぶ待たせてしまった。
急いでガラス瓶をバッグにしまい、扉を開けた。
キィ~…
軋んだ扉の開閉音に気付いたのか、こちらに背を向けて立っていたユダが振り向いた。
「クラウディア様、もう用事は済んだのですか?」
「ユダ…お待たせ…」
扉から出てきた私の顔を見てユダは驚いた顔を見せた。
「どうされたのですかっ?!クラウディア様!お顔の色が…酷く悪いですよ?一体何があったのですか?!」
まさかこんな薄暗い月明かりの中でも分かるほどに私の顔色は良くないのだろうか?
「私なら大丈…」
そこまで言いかけた時、ぐらりと視界が大きくぶれ…。
「クラウディア様!」
ユダが私の名を呼ぶのを最後に、意識を失った―。
****
<お母さーん。今日は私、キーマカレーが食べたいな>
<俺は絶対チーズ入りのハンバーグが食いたいよ>
葵と倫が今夜の食べたい料理のリクエストをしている。
<駄目よ。久しぶりにお父さんが単身赴任から戻ってきたのだから、今夜はお父さんの食べたい料理を作るって決めてるんだから。お父さんは何が食べたい?>
私は笑顔で夫の顔を見る。
<そうだな~…最近和食に飢えていたから…肉じゃがが食べたいな>
<え~肉じゃがかよ>
<あら、私はそれ好きよ?いいよ、それにしよう?>
不満そうな倫に対し、葵は頷く。
<よし、それじゃ今夜は肉じゃがね>
<ありがとう、母さん>
夫が優しく微笑みかけ…。
****
「あ…」
目が覚めるとそこは薄暗い部屋だった。
ベッドサイドにはアルコールランプがともされ、オレンジ色の明かりがゆらゆらと揺らめいている。
「アルコールランプ…」
それを見た途端に悟る。
あぁ…やはり今のは夢だったのかと…。
ベッドからゆっくり起き上がり、ため息をついた。
酷く懐かしく、愛しい家族…。
たった今まで見ていた夢を思い出し、思わず目頭が熱くなる。
「泣いたら駄目よ…もう日本の家族のことは諦めなくてはならないのだから…」
それよりも今…何時なのだろう?
窓の外を眺めると少し空が白んで見える。
夜明けが近いのだろうか…?
その時…。
カチャリ…
扉が開かれる音が聞こえ、振り向くとそこにはリーシャが立っていた。
「クラウディア様…?目が覚めたのですね…?」
リーシャは目を見開いて私を見つめている。
「おはよう…と言っていいのかしら?」
私は照れ笑いをした。
「クラウディア様…」
リーシャの顔が歪み…次の瞬間…。
「クラウディア様っ!」
駆け寄ってきたリーシャは私に抱き着き…声を上げて泣き出した。
「クラウディア様…良かった…し、心配したんですよ…!」
「ごめんなさい、心配かけて」
そんなリーシャの身体を抱きしめ、彼女の髪を優しくなでる。
そう。
私はここでするべきことがある。
前世の望郷の思いは…胸の奥にしまい込まなければ。
泣きじゃくるリーシャを抱きしめながら、私は心に誓った―。
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