第1章 20 それは誤解です

「え…?姫様?一体どういうことなんだ?」


スヴェンは困惑の表情を浮かべて私を見た。


「クラウディア様?何を仰っているのですか?!彼等は…クラウディア様の馬車を焼こうとしたんですよねっ?!」


リーシャは縛られている兵士と使者を指さした。


「「…」」


一方、縛られた2人は無言のまま目を伏せている。

…彼等は言い訳をすることもなく、知らんふりをしている。本来ならここで私も彼等を叱責するべきなのだろうが、旅はこの先も続く。


私は出来るだけ穏便に『エデル』の国へ辿り着きたい。

何故なら、この先も私に対する罠が張り巡らされているのは既に分かっているのだから、これ以上厄介事を抱えたくは無かったのだ。


そこで私は笑みを浮かべると兵士と使者に声を掛けた。


「ごめんなさい、私がおかしなことを頼んでしまったから…誤解させてしまったのね?」


そして2人に頭を下げた。


「え?!一体何を…」


使者は驚きの目を私に向けて何かを言いかけたが、隣で縛られている兵士に肘で小突かれて口を閉ざした。


「姫様、どういうことなのか俺に説明してくれないか?」


スヴェンは何処か不機嫌そうな態度で私に尋ねてきた。

スヴェン…。

彼は目で私に訴えていた。


『何故、この2人を庇うのだ?』


と。


恐らく彼には分かっていたのだろう。エデルの使者達の行動が誤解でも何でも無く…明らかに私を困らせるために荷物を焼き払おうとしていたことに。


ごめんなさい、スヴェン。

だけど、私には私なりの考えがあり…今は黙って私の行動を見守っていて欲しい。



私はにっこり笑みを浮かべると全員を見渡した。


「実は、この人達に本を持ってきて貰うように頼んでいたの」


「「本?」」


スヴェンとリーシャが声を揃える。


「ええ、いつも寝る前に読んでいた本があって…その本を荷馬車の中に積んであるとばかり思って、探して持ってきて貰うように事前に頼んでおいたの。だけど、私の勘違いだったみたいね。今見せてあげるわ」


テーブルの下に置かれたボストンバッグまで私は本を取りに向った。


「ほら、この本よ」


バッグから本を取り出すと持ってきて皆の前で見せた。


「あ…確かに、この本はクラウディア様のお好きな小説ですね…」


表紙を確認したリーシャが納得したように頷く。


「ええ、そうなの。てっきり荷台の中にいれていたと思っていたの。この人達は本を探す為に松明を持って近付いただけだったのじゃないかしら?ね、そうよね?」


私はプライドの高い兵士に向って声を掛けた。

すると、案の定兵士は頷く。


「あ、ああ…そうだ。俺たちはクラウディア様から本を探すように言い使っていただけなんだ」


「何だ…?そうだったのか?」

「紛らわしい真似しやがって…」

「人騒がせな奴等だな」


自警団の若者たちは私の言葉を信じたのか、口々にエデルの使者たちに文句を言っている。


一方スヴェンだけは神妙な顔でじっと私を見つめている。

恐らく彼には嘘だとバレているのだ。

お願い、スヴェン。

今は…どうか納得して欲しい。

私は目で必死に訴えた。


すると…。


「分かったよ…ならお前らは無罪放免だ。おい、2人のロープを解いていやれ」


ついにスヴェンはため息をついた。


「ああ」

「分かった」


2人のロープを握りしめていた自警団の若者はシュルシュルとロープを解き、兵士と使者は開放された。


「お前ら、もう二度と妙な真似はするなよ」


スヴェンは2人をジロリと睨みつけた。


「ああ…」

「分かったよ」


 ブスッとした様子で返事をする使者と兵士。


「姫様。お騒がせしてすみません」

「我々の勘違いだったんですね」

「ゆっくりお休み下さい」


自警団の若者たちは次々と私に挨拶をし、兵士と使者を連れて玄関を出た。


「よし、それじゃ俺も行くよ」


そしてスヴェンも背中を向けた。


「待って!スヴェンッ!」


「何だ?」


振り向くスヴェン。


「ありがとう…スヴェン」


「…姫さんには姫さんの考えがあるんだろう?俺はその考えを尊重するよ。それじゃ今夜はもう安心して眠ってくれ」


「ええ、そうするわ」


「それじゃ、又明日な」


私の返事を聞いたスヴェンは笑顔を向けると、扉を開けて出て行った―。




バタン…



扉が閉じられるとリーシャが不思議そうに首を傾げた。


「クラウディア様、今のは一体…?」


「いいえ、心配してくれてありがとうって意味で言ったのよ。さて、それじゃもう寝ましょうか?」


「はい、そうですね」



リーシャは笑顔で返事をした。




****



 暗闇の部屋の中―



隣のベッドで眠るリーシャの寝息が聞こえてくる。


何となく眠りに付けなかった私はベッドの中でカーテンの隙間から見える三日月を見つめて物思いに耽っていた。


恐らく、もうあの兵士は荷馬車の荷物に手を出すことはしないはずだ。

かと言って、今も私の敵であることに何ら変わりは無いだろう。


「今後も油断しないようにしなくちゃ…」




そして私は日本の家族のことを思いながら目を閉じた。



あなた…葵、倫…。


お休みなさい―。

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