第1章 6 決意を胸に

「それにしてもクラウディア様。お城の人達にお見送りしていただかなくてもよろしかったのですか?」


向かい側の席に座ったリーシャが心配そうな顔で尋ねてきた。


「ええ、いいのよ。ヨリックにはお別れの挨拶が出来たし、城で働く人たちはお父様やお兄様たちが存命だった頃に比べて格段に人数が減ってしまったのよ?皆忙しいのにお見送りに来てもらうなんて悪いわよ」


第一、私は必ず生き残って国に戻ってくるつもりなのだから。


回帰前の出立時、城の者達は忙しいにも関わらず全員仕事の手を止めてわざわざ見送りに出てきてくれた。

そのことを『エデル』から来た使者たちは、アルベルトにこう告げたのだ。


『クラウディア様は、使用人たちを嫁ぐ直前までこき使って働かせていた』―と。


まさか使用人たちが見送りに来てくれただけで、こき使っていたという発想に至るとは思いもしなかった。


更に彼らは旅先でわざと私の人間性を試すかのように、様々な場面で窮地に立たせてきた。


その話には尾ひれがつき…、私は『悪女』のレッテルを貼られてしまった。

ただでさえ、肩身の狭い人質妻は『エデル』国にとって、歓迎されない人間として迎えられることになってしまったのだ―。



少しの間、回帰前の出来事を思い出していると不意にリーシャが声を掛けてきた。


「ところで、クラウディア様」


「何?どうかしたの?」


リーシャはまだ何か不満があるのか唇を尖らせながら私を見ている。


「ええ…本当に良かったのですか?」


「え?何のこと?」


「荷馬車に積まれたお荷物のことですよ。1台はクラウディア様のドレスやアクセサリーが積まれておりますが、どれも…こう申し上げては何ですが、普段着用のドレスばかりでありませんか」


「ええ、そうね。だって私にとっては動きやすくて着心地の良い普段着用のドレスが一番だもの」


「いいえ、それだけではありません。残りの馬車の荷物についてもです。何故あのような物を大量に荷馬車につめさせたのですか?」


「ええ。この旅の合間に絶対に必要になるものだからよ。…厳重に梱包しておいたから恐らく『エデル』の使者たちにはバレていないと思うけど…」


すると、リーシャはにっこり笑みを浮かべた。


「ええ、大丈夫です。勿論バレておりませんよ。何しろあの者たちは運び入れる荷物を見た時に話しているのを耳にしましたから。『全くこんなに大量のドレスを運ばせるなんて敗戦国の姫のくせに生意気だ』って…!どちらが生意気な口を叩くのでしょう!クラウディア様は200年以上続いた『レノスト』王国の姫君だと言うのに…!」


その時の光景を思い出したのか、リーシャは最後の方はかなり憤慨した物言いをした。


「大丈夫よ、落ち着いて頂戴。それこそ私の思惑通りなのだから。いい?リーシャ。恐らくこの馬車は次の村で休憩を取ることになるわ。その時にあることが起こるの。きっと意外な展開になるはずよ。だから今のうちに彼等に好きなだけ言わせておきましょう?」


「え?クラウディア様…彼等の生意気な鼻をへし折るために何かするつもりですか?」


リーシャが興奮気味に尋ねてきた。


「いいえ。私ではなく、仕掛けてくるのは彼等の方よ。ここの使者たちは私を陥れようとするのだけど…それを逆手に取るわ」


そう、私には分かっている。


『エデル』国へ向かう道中…私の評価をわざと落とすための罠がしかけられているということを。


だけど、今度は逆に彼等を利用させてもらう。


今度の私は『悪妻』と言うレッテルを貼られるつもりは全く無い。


『エデル』の国で生き残り、リーシャと2人で必ず国へ帰ってくるのだから―。

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