第1章 7 嫌がらせの輿入旅
ガラガラガラガラ…
馬車は荒れ地を何処までも走り続けている。
先頭を走るのは私達を迎えに来た『エデル』からの使者4人を乗せた馬車。
そして2台目が私とリーシャを乗せた馬車。
その後ろ3台の馬車が私の荷物を積んだ馬車が走り、更に馬車を囲むように馬にまたがった護衛兵士が6人付き添っている。
彼等は周囲を警戒する素振りもなく、談笑しながら馬にまたがっていた。
その光景を馬車の窓から眺めながらリーシャが再び愚痴を言ってきた。
「クラウディア様、御覧下さい。いくら戦争が終わったからと言って、あれが護衛する兵士の態度ですか?山賊が現れた時、あんな風にたるんでいてはあっという間に襲われてしまう気がします。第一、一国の姫を迎えるのに、護衛の数が少なすぎです。そうは思いませんか?」
リーシャはかなり苛立ちを募らせている。
「リーシャ…」
そんな彼女を見て私は少し驚いていた。
回帰前のリーシャは私よりもずっと大人びて見えていたのに、今こうして改めて見れば、年相応の若い娘と何ら変わりがなかった。
まるでリーシャを見ていると、前世の娘…葵を思い出してしまう。
「聞いていますか?クラウディア様」
私が無反応だったからか、リーシャが再度尋ねてきた。
「え?ええ、勿論聞いているわ。でも馬車で片道10日間もかかる道のりを迎えに来てくれただけ、ありがたいと思わないと。本来なら私達の国で馬車を出して来るようにと言われてもおかしくない立場だもの」
「クラウディア様…本当にご立派になられましたね…。何だか私、自分が恥ずかしくなってしまいました。クラウディア様を見習って、私も心を入れ替えることにします」
リーシャは背筋を伸ばした。
「まぁ、フフフ…リーシャったら」
私はリーシャを見て笑みを浮かべた。
でも、リーシャは何一つ間違えたことは言っていない。
窓の外の景色を眺めるリーシャの横顔を見つめながら、私はこの様な舞台を用意したアルベルトのことを考えていた。
いくら敗戦国の人質妻だとしても、私は一国の姫である。それなのに、用意されたのは粗末な馬車に、荷物を運ぶのはただの荷馬車。
つまり、アルベルトは私に嫌がらせをする為に敢えてこの様な粗末な嫁入りをさせているのだ。
自分の立場を思い知れ…と事前に伝えておきたかったのだろう。
それだけでは無い。
初めから私のことを快く受け入れるつもりがないのなら、自分たちで馬車を用意して『エデル』に来るように言うべきなのだ。
それをわざわざこの様な乗り心地の悪い馬車に、古びた荷馬車にやる気なさ気な最低限の護衛兵士を用意した。
これはもう明らかに私に対する意図的な嫌がらをしているとしか思えない。
だから回帰前の私は道中、ずっと文句ばかりいい続け…『エデル』に到着する際には気づけば悪女のレッテルを貼られていたのだ。
他にもまだある。
ご丁寧なことにこの旅には、私を最低な人間に仕立てる為の巧妙な罠が張り巡らされていたのだから。
もうすぐ…予定通りならこの馬車は『アルム』という村に到着する。
ここで私達は食事と休憩をとることになるのだが、私は巧妙に仕組まれた罠によって窮地に立たされてしまう。
その結果…村中の人々から不評を買い…クラウディア・シューマッハは最低な女だという悪評が広まり始めるきっかけになってしまったのである。
「リーシャ」
窓の外を眺めるリーシャに声を掛けた。
「はい、クラウディア様。何でしょうか?」
「恐らく、もうすぐこの馬車は『アルム』という村に到着し、休憩をとることになるわ。そこでちょっとした揉め事が起こるはずよ。でも何があっても慌てず騒がず、冷静になってね。貴女はただ黙って成り行きを見守っていてくれればそれでいいから」
「クラウディア様…」
リーシャはポカンとした表情を浮かべて私を見ている。
…やはりいきなりこんな話をすれば、戸惑うのは当然だろう。
しかし…。
「ええ、承知致しました!何やら今のクラウディア様からは不思議な力を持っている人物のように感じられます。私はクラウディア様を信じて…何処までもついて参ります!」
リーシャは力強く頷いた。
「本当?嬉しいわ、リーシャ」
思わず彼女の両手をそっと包み込んだ時、不意に馬車が停車した。
「停車…しましたね」
「ええ。停車したわ」
私は頷く。
その時―。
キィ〜…
ノックもなしに馬車の扉が開かれ、1人の兵士が私達に声を掛けてきた。
「クラウディア様、『アムル』の村に到着致しました。こちらで昼食と休憩を取ることに致しましょう」
「!」
リーシャがその言葉に息を呑む。
さぁ…いよいよ始まる。貴方達の魂胆はもう分かっている。
だから、それを逆手に利用させてもらう。
今度の私は絶対に貴方達の思惑通りにはなるものですか。
「…ええ、分かったわ。降りましょう」
私はにっこり微笑んで…兵士を見た―。
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