第1章 5 回帰後の目的

 午前11―


ついに出発時間がやって来た。



私が『エデル』に嫁ぐ際に、アルベルトから二つの条件が提示されていた。

まず一つ目は、国を立つ際に持っていく荷物は荷馬車3台分まで。

そして二つ目は、お付きの者を連れて行くのは1名のみ。


たったそれだけだったのだ。



「本当に…いくら敗戦国の姫だからと言って、この扱いはあまりに酷いです。そうは思いませんか?」


旅支度の衣装に着替えたリーシャが荷物を積み込んでいる『エデル』の使いの者達を馬車の中から眺め、悔しそうに訴えてきた。


「そうね…。でもいいのよ。こうして迎えの馬車だけでなく、荷物を運ぶ為の荷馬車に人員まで用意してくれたのだから。おまけに旅費だって先方が用意してくれたよ?むしろ感謝したいくらいだわ」


「クラウディア様…何て謙虚なお言葉なのでしょう」


リーシャが感動した様子で私を見る。


「フフフ…大げさね。リーシャは」


けれど、それは本心からの言葉だった。


何しろ私には回帰前の記憶と、前世の日本人として生きた頃の記憶があるのだ。

このような考えに至るのは当然だった。


尤も回帰前の私はこの待遇に大いに不満を抱き、道中ずっとリーシャと『エデル』から派遣されてきた使者達の文句を言い続けた。

それがアルベルトの耳に入ることになるとは考えもせずに…。


今にして思えば、私は嫁ぐ前からアルベルトに試されていたのだった。

私が自分の妻として、相応しい人間なのかどうか。


アルベルトは本当に最低な男だったと今更ながら思う。



「あ、全ての荷物が荷馬車に積まれたようですよ」


窓の外を眺めていたリーシャが声を掛けてきた。

いつに間にか荷馬車に取り付けられた幌の出入口の幕が下ろされ、紐で固定されていた。


「ええ、そうね。もう出発するんじゃないかしら」


そういった矢先、馬車の扉がノックされたので窓を開けると御者が声を掛けてきた。


「そろそろ出発しますが宜しいですか?」


「はい、お願いします」


「では出発致します」


御者は無表情のまま頭を下げて御者台へ向かい…やがて馬車はガラガラと音を立てて走り出した。


馬車が走り出すとすぐにリーシャは私に話しかけてきた。


「クラウディア様、見ましたか?あの御者の感じの悪いこと。ニコリともしませんよ?仮にもこれから嫁ぎ先へ向かう花嫁に対する態度にはとても見えた者ではありあせんわ」


リーシャは余程不満なのか、ちょっとしたことで文句を言ってくる。前回の輿入れの時は私も一緒になって彼女と文句を言っていたけれども、もう彼らの手口には乗らない。


「まぁ、そう言わないであげましょう?彼らは皆長旅で疲れているのよ。何しろ私を迎えに来たその足で、休むことなく『エデル』へ戻るのだから」


彼らは旅の間、全員私の一挙手一投足を監視している。

ここで私がリーシャに話を合わせれば、たちどころにアルベルトに報告が届き、嫁ぐ以前から悪妻だと思われてしまう。


「本当に一体どうされたのですか?こんなにも見違えるように大人になられて…私もクラウディア様を見習わなければなりませんね」


リーシャは目を見開き、私を見た。


「フフフ…リーシャったら」


リーシャは本当に素直な娘だ。

ヨリックの為だけではない。リーシャの為にも今回はあの国で『聖なる巫女』と呼ばれるカチュアが現れるまでは生き延びるのだ。


やがて運命的な出会いを果たしたアルベルトとカチュアは愛し合う仲になるだろう。

その時が来たら私は2人を祝福し、アルベルトに離婚してもらように頼むのだ。

きっと喜んで彼は離婚してくれるに違いない。


そして私はリーシャを連れて、ヨリックの待つ『レノスト』国へ帰還を果たす。


そう。回帰した私の目標はアルベルトとの幸せな結婚生活ではない。



陰謀渦巻く『エデル』国で生き残り…円満離婚で国へ帰ることなのだから―。






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