3-26 冷酒
俺は驚いているアルバートの前でコップに大きめの氷を作った後、そこに買って来た酒を注ぐ。
確かロックってこんな感じだよな?日本じゃまだ酒を飲める年齢じゃなかったし良く分からない。というか正直酒も冷やせばいいってものでもないだろうし買って来た酒が冷やして飲むのが正解なのかはわからない。
しかしこの世界ではこんな風に氷を入れて酒を飲む機会なんてほとんどないはずだ。
珍しい物というのは価値がある。アルバートが気に入らないようならそれまでだ。
「それは氷か?」
「ああ、俺は酒は飲まないから分からないけどこんな風に冷やした酒はどうかなと思ってね」
アルバートは俺から酒の入ったコップを受け取ると中に入っている氷を珍しそうに眺めている。
「こんな風に氷を入れた酒ってのは初めてだな」
「まぁ俺にもわかんないからな。とりあえず飲んでみてくれ」
「俺が素直な感想を言うとは限らないぜ?」
「その時はもう少しいい酒を持って他の人のところに行くよ」
「ハハッ、俺の話を聞く前からもうこの街のことが分かってきてるじゃねぇか」
アルバートはそう言って笑うと俺が持ってきた氷入りの酒をぐっと飲みほした。
「こいつは・・・うめぇな。冷たいから飲みやすいし酔って熱くなった後もドンドン飲んでしまいそうだ」
「気に入って貰えたなら良かったよ」
「飲み屋を開いたら一財産築けるんじゃないか?」
「どうだろうな。酒飲みは氷の分高くなるなら安くて量を選ぶんじゃないか?」
「そうかも知れねぇな」
アルバートに酒瓶を渡すと氷が融ける前におかわりを注いで持ってきた肴をつまみながら酒を飲む。俺も自分のコップに氷と水を入れてアルバートが持ってきた肉を頂く。
「こういう出会いがあるから門番はやめれねぇな」
「いつもこんな風に声をかけてるのか?」
「誰でもってわけじゃないけどな。変わった奴には声をかけてるよ」
「変わった奴って・・・俺は結構普通だと思ってるんだが」
「あんな小さな馬車で旅をしてるやつが3人も嫁を連れてるって言うんだ。普通じゃねぇよ」
「そう言われるとそうかもな」
「それで女を連れて歩く話だったか?」
「ああ、それはなんとなく分かったよ。売るためじゃなくて支払いに使うんだろ?」
「そういう場合もあるな。それとキレイな女を連れて歩いて向こうから声をかけてくるってことは」
「高い値段がつくってことか」
「そうだ。売る相手も選べるしな。娼館なんかじゃ相当な売れっ子じゃなければ金を払えば客の相手をしなきゃなんねぇ。女だって売る相手を選びたいもんだよ」
「娼館だと女は客を選べないのか?」
「そりゃな。そもそもそういうところで働く女ってのは借金だったり他の仕事ができなかったりするもんだ。相手を選ぶ余裕なんてねぇよ。もちろん本当にヤバイ客は店自体が追い出しちまうからその辺は店次第なところもあるだろうぜ」
女の子を大事にする店もあればそうじゃないところもあるって感じか。
「衛兵って給金はお金なのか?この街だとお金で払われても中々生きづらそうな気がするけど」
「住むところと食事はタダだしこの街だけじゃなくて衛兵ってのは街の住民から一目置かれる存在だからな。真面目に仕事をやってれば金で払う時も吹っ掛けられたりしねぇよ」
「なるほど、住民からすれば'すでに貰ってる'ってことになるのか」
「そうだ。街の清掃をする奴や役場や診療所で働く奴も一緒だ。直接世話になることがなくても街の為に何かやってるってのはちゃんと評価されるんだよ」
やっぱりここは金の街なんかじゃないな。逆だ。金の価値で生きてる人からすると金の力が通じないから違和感があるんだな。おもしろい。
「それなら街の入口を見張ったり街の治安の為に働いてる衛兵なら女にも困らないんじゃないか?」
「それとこれとは話は別よ。もちろん真面目に相手を探すなら問題は無いが女が寄って来るわけじゃねぇ。キレイな嬢ちゃんを3人も連れてるおめぇみたいにはいかねぇよ」
「俺だって何もしてないわけじゃないんだがな」
「それは分かってるよ。まぁこんな街でも、いや、こんな街だからこそ異性が寄って来るのは他にない特別な奴だよ。男も女もな」
「それはどこも変わらないか」
「衛兵なんて健康な体があれば誰でもなれるからな。真面目・堅実ってのはこの街でモテる要素じゃねぇ」
「交渉事には堅実なのにそういうところは夢を見るのか」
「男と女は理屈じゃねぇからな」
こんなところで衛兵のお兄さんに恋愛の話を説かれるとは思っても見なかった。まぁお兄さんからすれば酒の場だしな。気持ちよく話してもらおう。
「それで聞きたいことは他にないのか?まだ酒代ほど喋っちゃいねぇぜ」
「いや、その返事で十分だよ。その氷を入れた酒にそれだけの価値があると知れたことも俺にとっては大事な情報だからな」
「おお!確かにそうだな。ただ美味いとわかってるなら先に相手に渡すのは良くねぇ。価値があるものはとことんもったいぶるべきだ」
「そういう相手の足元を見るような交渉は苦手で」
「足元を見るわけじゃねぇ。もちろん汚い交渉をする奴もいるがそうじゃなくてもわざわざ自分を安くする必要はねぇってことだ。相手が汚い交渉をしてくる奴だと思っておかないと自分ばっかりが損するぜ」
衛兵をやってるアルバートでさえこんな考え方をしてるんだ。本職の商人たちの交渉はもっと高度なものなんだろう。もちろん悪い人ばかりでもないだろうが油断は危険ってことだな。
「ご忠告ありがとう。でも実は俺にとってはこんな冷やした酒くらいは大した価値じゃないんだよ。どうせ夜が明ける前には融けるしな。俺を適当にあしらってせっかくの冷やした酒を安酒だけで終わらせるような男ならそれまでの男だったってことで」
「お前にとってはこれくらいの氷は大したことないってことか。余裕だねぇ。それに今の言い方だとまたご馳走してくれるのか?」
「そう言っとくとこの後も世話になれそうだからな」
「ハハハ!!そいつはちげぇねぇ!」
その後少し世間話のようなことをしたがどこから来てどこに行くのか、いつまでエルシュヴィレンにいるのかという感じのことを聞かれたが、嫁たちと相談するよと誤魔化しておいた。
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