2-18 涙と笑顔

 カーティラさんと手合わせした後、シルフの魔法の練習を少ししてシルフの訓練を終える。これからはできるだけ毎日やろうと提案するとシルフは嬉しそうにしていた。

 夕食を頂いている時にセレンが「お父様とギンジさんが!?見たかったですわー!」と悔しそうにしていた。話を聞くとセレンはカーティラさんが剣を振るうところもほとんど見たことがないらしい。そのうち機会があったらね。でも手の内は半分知られたようなものだし次の機会があれば今日のようにうまくいかないかもしれない。懐に入り込んだところで殴る蹴るで攻撃されるとそこそこ痛そうだし、そもそも俺の戦い方は致命的な弱点があるしな。


「それで、今更なんですが武闘祭ってどういう仕組みなんですか?」

「ハハハ!そんなことも知らないまま参加する気だったのか!」


 カーティラさんは呆れたように笑った後、説明してくれた。


 街の広場の中心に円形の舞台がありそこで1対1で戦う。勝ち残りで負けたら交代。勝ち残った側は防衛側として負けるまでずっと戦い続けて、挑戦側は同じ相手には1回しか挑戦できない。防衛側で負けた場合は挑戦側として同じ相手に挑むことはできる。挑戦する人がいなくなったら終わり。


 これはタフさが求められるな。最悪の場合、自分が防衛側になったとたん参加者全員と戦わないといけない可能性があるのか。

 大体の場合は最後に残った2人が防衛するまで挑戦しあって戦うことになるという。

 トーナメントとかで対戦相手が決まるよりはいいか。だって


「それならあのライオンと確実に戦えますね」

「ノイルが勝ち残ってればな。まぁそこの心配はいらないと思うが」


 あのライオンが負けてるならどうでもいいし、見物に行った時に舞台の上にいたら考えるか。

 とりあえず面倒なんで明日から武闘祭までの間は街で出くわさないように気を付けよう。そんなことを考えながらお風呂を頂き、眠りについた。



「それでしたらわたくしもご一緒してよろしいでしょうか?」


 翌日。採集が終わった後、今日の魔法の訓練は少し遅くなっても良いかと聞くと理由を聞かれたので教会に行くと言うとセレンもついてくると言った。


「でも子供たちと少し訓練するくらいだよ?」

「あら、わたくしが行ったら迷惑でしょうか?」

「いえいえそんなわけではないんですが」


 領主の娘という立場がどういうものなのか分かりかねるのでチルさんの方に目線を送ると特に問題がないのか軽く頷いてくれた。


「お嬢様はシスターとも面識がありますし、問題はありませんよ」

「そうですわ。小さい頃は街の清掃を手伝ったりしていましたの」


 へぇ。領主の娘が教会の人と一緒に街の清掃というのは立派なことじゃないのかな?いやどうなんだろう。


「セレンさん街の清掃してたんですか?私の街では領主様の家族が来られたことなんてなかったです」


 シルフが言うから本当にそうなんだろう。


わたくしは他にできるようなことが無かったので」


 ただセレンは少し寂しそうにそう答えた。



 教会につくと子供たちは俺の服を引っ張って庭に連れていった。セレンとチルさんはシスターと話をするようで教会の中に残りシルフは俺の方についてきた。


「兄ちゃんは武闘祭出るの!?俺たちは出るぜ!」


 マジか!?こんな子供も出れるの?ああ、子供の部みたいなのがあるのか。そちらは勝ち残りではなくクジで相手を決めて何回か戦う仕組みのようだ。参加賞として節末祭で使える金券のようなもの(木の札みたいだが)が貰えるとのことだ。


「兄ちゃんはまだわかんないな~」


 子供たちと打ち合いしながらそう答える。子供たちは自分に稽古をつけている相手の強さが知りたいようで「出ろ!」「出て!」とまくし立てる。

 でも俺の戦い方って獣人の子にカッコイイと思われるものじゃないと思うんだよな~。まぁカッコイイと思われたくて戦うわけじゃないし、ルールの中では勝った方が正義だ。「もし参加したら応援してくれよ」と言うと3人とも好きな人がいるらしく応援する相手は決まってるそうだ。推しみたいな感じかな?ノイルの名前も上がっていたので俺は応援してもらえなさそうだ。残念。


 俺とシルフが交代で子供たちと手合わせしたあと、セレンとチルさんが庭に出てきたので今日の稽古はここまでにする。武闘祭が近いので子供たちはもう少し続けると言っていたのでその場で別れを告げて教会を去った。


「シスターとはゆっくり話せた?」

「はい。きちんと話すのは久しぶりでしたがずっと気にかけてくれていたようで、元気な顔が見れて良かったと喜んでもらえましたわ」


 うんうん。それはよかった。まだまだ先の話だろうがそのうち俺たちもヘルムゲンの教会に顔だそうな。とシルフに言うとシルフも同意見だったのか頷いてくれた。



「ギンジ先生?昨日より流されている魔力が弱くありませんか?」


 屋敷に戻って遅めの昼食を頂いた後、セレンの魔力循環を行っているとセレンがそんなことを言った。もちろんそんなつもりはなかったが本当に昨日より弱かったのかもしれないし、魔力を流されることに慣れたせいで昨日より抵抗を感じなくてセレンがそう感じただけかも知れない。ただそれよりも


「弱くしてるつもりはないんだけど、実際に弱くなってるかは別としてセレンが魔力の強弱を感じれるようになってるのは凄いことだよ」

「そういえばそうですわね」


 本人はあんまり自覚がなさそうだ。でも魔力の流れに敏感になっているならもう次のステップに行けるのか?試してみるか。俺はチルさんに言って桶を用意してもらう。チルさんはすぐに風呂場にいって持ってきてくれた。


 俺はセレンの足から手を離して立ち上がりセレンにも椅子から立つように言う。二人で同じ方を向いて俺の右手とセレンの左手を繋ぐ。

 机に置いた桶に左手をかざして魔力共有をする。


「俺の魔力の流れわかる?」

「はい・・・わかります。ちょっとすいません」

「お嬢様!?」


 そう言ってセレンは手を離して蹲る。あれ?魔力酔いしちゃったかな?チルさんもセレンの側に駆け寄って来る。


「お嬢様、どうされました?大丈夫ですか?」

「違うの。そうじゃないの。これが魔力共有なんですね。みなさまが言っていたのはこれだったんですね」


 そう言って顔を上げたセレンはボロボロと涙を流していた。そうか。今までいろんな人に試してもらった魔力共有の時、セレンは何も感じてなかったんだ。それをやっと感じれるようになったことが、そう、嬉しいんだろう。


「ギンジ、ありがとうございます。これが、魔法なんですね」


 そう言ってまたセレンは涙をこぼす。チルさんがハンカチで涙をぬぐっているがつられたのかチルさんも泣いている。


「お待たせしてすいません。では続きをお願いします」

「大丈夫ですか?続きは明日でも」

「いえ、ぜひこのままお願いします」


 そう言ってセレンは立ち上がると俺の右手をギュっと握った。まだ涙で顔は濡れたままだが構わないようだ。


「それじゃあ今から魔法で水を出すね。魔力を水にするんじゃなくて魔力で空気の中にある水の成分から水を作るんだ」

「どういうことですの?」


 そう言えばこういう理科の話をするのを忘れてたな。というかこんな早くここまで進めると思っていなかった。

 とりあえず湯気やお湯を沸かした時の水蒸気の話をしてなんとなく理解してもらう。


「水が空気になってますの?」

「まぁ知りたければまた詳しく話をするよ。とりあえず俺の魔力が水になるんじゃなくて外から水を作りだしてるからそれを意識しておいて」

「わかりませんがわかりましたわ」


 とりあえず雰囲気だけ掴んでもらって俺は魔力共有をする。その感覚でセレンがまた少し泣きそうになるがぐっとこらえている。


「それじゃあいくね」


 そう合図して俺は左手から桶に向かって水を出す。

 バシャーっと部屋に飛び散らないように気を付けながら水を出して止める。


「これが水の魔法だね」

「これが水の魔法ですのね」


 二人でハモるように同じことを言って思わず笑ってしまう。


「とりあえず今日は一気に進んじゃったからここまでにしよう。明日からもこの魔力共有を続けていこう」

「分かりました。ギンジ先生、よろしくお願いします」


 そう言ってシルフは深々とお辞儀をした。その後ろでチルさんも同じようにお辞儀をしている。


「ギンジ様、本当にありがとうございます」

「いや、これはカーティラさんに依頼されたことであって、まだ使えるようになったわけでもないですし」


 泣きながらお礼を言う大人のお姉さんについ焦ってしまう。


「それでもお嬢様に仕える者として感謝いたします」

「気にしないでください」


 そんなやりとりを繰り返してるとセレンが急に


「ギンジ先生、この桶の水、もう少し出してもらえますか?」

「ん?いいけど何かに使うの?」


「部屋を出る前に顔を洗おうと思いまして」


 そう言って頬に涙の後をつけた少女はとても明るく笑った。

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