2-17 獣人の強さ

「そ、それじゃあお願いいたしますわ」


 そういうとセレンはひざまずいた俺の手の上にそっと素足を乗せる。緊張しているのか声は少し震えている。


「んっ・・・」


 おずおずと足を乗せるとくすぐったいのか体をびくっとさせる。


「じゃあ手を出して」

「はい」


 セレンの足を乗せた手と反対の手をセレンと繋ぐ。今日はこの状態で魔力を流していく。右手と右足、左手と左足、右足と左足、それが終われば今度は手と足がクロスするように魔力を流してできるだけ全身の魔力の流れをスムーズにする予定だ。

 それにしても椅子に座った女の子の前でひざまずいて素足に触れているとなんだか変な感じがするな。まるで姫に忠誠を誓う騎士のような。いや、実際にそういう儀式があるのかは知らないが。

 この魔力循環(と呼ぶことにする)を行う度にセレンの体の魔力の流れはしっかりしてきている。寝起きや体調もこの魔力循環を始めてからよくなってるらしい。


「下半身に魔力を流すのは初めてだから小さい魔力から始めて少しずつ強くしていくから何か違和感があったら言ってね」

「はい。多分問題はないと思いますが」

「それでも以前よりセレン自身の魔力の流れができているから、もしかしたら魔力酔いが起こったりするかもしれないし」

「でもわたくしの流れを作ったのはギンジ先生なのですから大丈夫だと思いますわ。今もギンジ先生の魔力が心地いいくらいで」


 そう言うセレンは少し目がとろんとして眠たそうだ。


「眠い?」

「いえ、そんなことはありませんわ。ですがこのまま眠ったらぐっすり眠れそうではありますが」

「眠いんじゃん」


 ハハハと二人で笑う。魔力の流れを強くしたり流れの向きを変えるとぴくっと反応しているので魔力への感度も以前より上がってそうだ。


「そういえばお父様もわたくしと同じことを所望されて大変だったらしいですわね」

「カーティラさんが言ったの?」

「いえ、お母さまに聞きましたわ。自分から頼んでおいて情けないと笑いながら言ってました」

「なるほどね」


 ただ流れが見える身としては相手が誰であっても魔力酔いを起こさずに魔力を流せるようになりたいんだよな。もちろん逆のこともできるようになりたい。


 魔力循環では流す部位が増えたのでいつもの倍以上の時間がかかってしまった。


「少し疲れたんじゃない?」


 いきなり全身を魔力が駆け巡ったんだ。慣れるまではそれなりに体に負担はあるだろう。終わりだと伝えると少し大きくため息をついたセレンに声をかける。


「そんなことは・・・あるかもしれませんね」

「チルさん、セレンを少し休ませてあげてください」

「かしこまりました」


 セレンのことはお付きのチルさんにお任せして部屋を出た。



「なんだ、シルフも中々動けるじゃないか」


 セレンが森の採集についてくるようになってから採集の時のシルフの訓練ができていなかったので場所が無いかカーティラさんに聞くと屋敷の裏を使えと言われたのでそこでシルフと剣で打ち合いをする。しばらく打ち合いをしているとカーティラさんが見に来て声をかけてきた。


「ギンジはいつも持ち歩いてる棒は使わないのか?」

「こんな得物使う人いないでしょ?それだとシルフの訓練にならないので」

「なるほどなぁ。武闘祭に出るなら棒を使うんだろ?」

「一応そのつもりです」


 カーティラさんは話しかけながら横に置いておいた俺の棒を持って眺めたり少し振ってみたりしている。

 シルフが疲れてきたので少し休憩をいれる。


「なんで、ング、ギンジさんは打ち合いながら喋れるんですか・・・」


 水を飲みながらシルフが聞いてくる。「慣れだよ」と答えたが納得してなさそうだ。


「あのライオンとカーティラさんだったらどっちが強いんですか?」

「あんな若造ガキに負けるか」


 さすが領主様。


「ただ武闘祭だと良い勝負になるかもしれないな」

「やはり実戦とは違いますか?」

「そりゃな。刃物が使えないんじゃ相手への攻撃は全部打撃になるからな。俺が言うのもアレだが獣人は打たれ強いから中々倒すのに苦労する」


 なるほど。確かに実戦なら腕を切り飛ばすような一撃も下手したら「痛ェ!」くらいですんじゃうのか。


「少しだけ手合わせしてもらえますか?」


 俺は自分の剣の柄をカーティラさんに渡すように向けてお願いする。


「これは刃を潰してないだろ。ちょっと待ってろ」


 そう言ってカーティラさんは庭にある小屋から木剣を取って来た。でかいな。腰に下げるんじゃなくて背中になんとか背負えるくらいか。

 俺はいつもの棒を持って構える。


「これは俺が実際に使ってる剣と同じ大きさだ。これならいいだろう」

「ではそれでお願いします」

「本気でやっていいのか?」

「技術の方は手を抜いてもらっていいんですが速さと力の強さは知っておきたいかなと」

「ああ、獣人の身のこなしを知りたいのか」

「そういうこと!!!です!」


 返事が終わる前に目の前に踏み込んできたカーティラさんが剣を振り下ろす。棒を両手で握って受けるがかなり重い。足が地面にめり込むんじゃないかと思う衝撃だ。ハンマーか何かかよ。

 ぐっと押し返してそのまま後ろに下がって距離を取る。


「いきなりですか」

「今のを受けるのか。じゃあもう少し力を入れてもよさそうだな」


 なんでちょっと嬉しそうにしてるんですかねこのおっさんは。

 カーティラさんは一息つくと、先ほどよりも速く強く打ちこんできた。反応はできるしなんとか受けれるけどなんであのでかい剣をこの速さで振り回せるんだ。


「ギンジ、正直ここまでやれるとは思ってなかったぜ」

「そりゃ!どうも!ですが!まだ上があるんですね!?」


 打ちあいながら喋りかけてくる。俺は一撃一撃が重たいせいでスムーズに喋れない。カーティラさんは強めの一発で俺を後ろに飛ばすと攻撃を止めた。


「変な駆け引きは使わなかったが速さと強さはこんなもんだ。これ以上速くすると制御しきれないし、これ以上強くすると隙がでかくなっちまう。今のに反応できるなら大抵の獣人相手なら問題ないだろう」

「はぁ、はぁ、問題ある獣人もいるんですね?」

「もちろん獣人だけじゃないが。俺が世界一強いわけじゃないからな。もっと速くて強いやつもいるだろう。実戦なら魔法を使ってくるやつもいる。ただ武闘祭ではこれくらいを受けれるなら問題ない」


 いや、こっちはちょっと息が上がってるからね。持久戦になっても危険かもしれないな。


「じゃあここからはギンジも少しは本気を見せてくれよ」


 そう言ってカーティラさんが構える。そう、ここまでは獣人の力が知りたかったので防戦のみで受けていた。こちらからは仕掛けていない。


「はぁ、そういうのもわかるんですか?」

「いや、まぁ受けれるなら攻めようとするもんだからな。それが無いなら受けに回っていた理由があるんだろうが息が上がってるってことは持久戦狙いでもなさそうだしわざと攻めてないのかなってな」

「すべて御見通しのようで」

「じゃあ行くぞ」


 カーティラさんが剣を振って来る。先ほどまでとは違い今度は棒を斜めに受けて攻撃をいなしながらカーティラさんの側面に回る。カーティラさんもそれに対応して切り返しを早くする。

 何度かそれを繰り返した後、カーティラさんの剣を棒でいなしながら一気に間合いを詰める。お互いリーチの長い武器なので近すぎると武器が使えない。そのまま俺はカーティラさんの剣を握る手に向かって手刀を当てる。そのあとは近づいた勢いのまますれ違い距離を取る。


「なんだ?いまの・・は?」


 対して強くも無い俺の手刀にあっけに取られたカーティラさんが後ろに回り込んだ俺の方に喋りながら向き直ろうとするとカラーン!と剣を落としてしまった。なんで剣を落としたのか分からず握力を確かめるように手を握ったり開いたりしている。


「今のは・・・魔法じゃないんだな?」

「はい」

「素手じゃなくてその棒で殴っても今みたいなことはできるのか?」

「ああ、そこはどちらでも関係ないですね」

「もちろんこれが全力ってわけじゃないんだろうな。いやぁ驚いた」


 手合わせはここで終わりかな。


「これならライオンに勝てますかね?」

「まぁやられることは無いだろ。相手を倒しきれるかはわからんな。武器を落としたら終わりってわけじゃないからな」

「そうですよね」

「話を聞いた感じだと完全に喧嘩売っちまってるからな。出るしかないだろ。うまくやるんだな」


 そう言って笑ったカーティラさんは剣を仕舞った後「邪魔したな」と言って屋敷に戻っていった。

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