2-10 晩餐

「旦那様、奥様、用意ができました」


 ノックの音がして戻ってきたチルさんがそう告げる。


「そうか、少し早いが食事にしよう。ギンジ、かまわないか?」


 カーティラさんは俺が頷くのを見るとそのまま部屋を出ていく。奥さんのサリーさんがすぐ後ろをついて行きチルさんは机の茶器の片づけを始めたので俺はそのまま夫婦について行く。

 案内された部屋は食堂かな?日本では学校の食堂とかでしか見たことないような長い机があり左右に5つずつ椅子が並んでいて奥の俗にいうお誕生日席には少し豪華な椅子が二つ並んでいた。あそこが夫婦の席だろう。

 奥の夫婦の席と左側の一席右側の二席に食事の準備がしてあるので右側の二席が俺とシルフかな?カーティラさんの顔を見ながら椅子に触って確認をすると頷いてくれたので間違っていなさそうだ。

 カーティラさんが先に座るのを確認して俺も席につく。サリーさんは「少し失礼します」と言って部屋を出ていった。「女は面倒だな」とカーティラさんがボソっと言っていたので着替えか化粧直しか何かかもしれない。


「お待たせいたしましたわー!」


 勢いよく扉を開いてセレンさんが入ってきた。

 真っ黒なドレスを着ていて長い髪は後ろでまとめて大きなブローチがついている。


「ほら、シルフさんも早くお入りになって」


 部屋の外にいて入ってこないシルフに気づくとセレンがシルフの手を取って部屋に引っ張って来る。


「で、でもこんな豪華な服着たことなくて。汚しちゃったらどうしよう」

「服は汚れるものですわ!汚れたら洗えばいいだけですの。ほら、ギンジ先生に見て頂きましょう。ギンジ先生!シルフさんのドレス姿ご覧になってくださいませ!」


 ギンジ'先生'ってなんだ?いや、今はそれよりシルフだ。

 シルフは真っ白なドレスを着ていた。俺の近くに来たシルフは恥ずかしそうに俯いてスカートを抑えている。普段ズボンだから落ち着かないのかもしれない。俺は立ち上がってシルフを正面から見る。真っ赤になって俯いているから自然と上目遣いになっている。可愛い。銀の髪と白のドレスがマッチしていてまるで天使みたいだ。


「ど、どうでしょうか?」

「とっっっってもキレイですわよ!!ねぇ!ギンジ先生もそう思うでしょう!?」

「ああ、キレイだよ」

「本当ですか!!!」


 素直に褒めると顔を上げてパッと笑顔になる。セレンさんと手をとりあってやった!やった!とはしゃいでいる。いいね。

 一通りはしゃいだ後は席について話をしながら食事が出てくるのを待つ。サリーさんも戻ってきたが真っ赤なドレスを着ていた。女性陣が着飾っているので普段着の自分がなんか場違いな気が・・・カーティラさんも正装ってわけじゃないけど領主だからかそれなりにちゃんとした服を着ているし。


「それよりシルフさんに聞きましたわ!シルフさんに魔法をお教えしたのもギンジ先生なんですわね!わたくしもよろしくお願いいたしますわ!」


 シルフに目線を送ると小さな声で「すいません。勢いがすごくてつい」と謝った。今後の為に言い訳を用意しておかないとダメだな。教会のシスターとか住んでた街の魔道具屋さんにとか。採集の知識もあるし魔道具屋さんってのは悪くない言い訳かもしれない。後でちゃんとシルフと話そう。


「そうですね。上手くいくかは分かりませんが精一杯務めさせていただきます。それで先生っていうのは・・・?」

「教えを乞うのですから先生と呼ぶのは当り前ですわ!ギンジ先生、よろしくお願いしますわ!!」

「できれば先生と呼ぶのは止めて欲しいんですが」

「あら?不思議なことをおっしゃいますわね。今までそんなことを言われたことはありませんが先生が嫌なのでしたら良くありませんわね」

「はい。なんとかお願いします」

「でしたら魔法を教えてもらっている時以外はギンジさんとお呼びしますわね」

「・・・じゃあそれでお願いします」


 セレンさんの行動範囲はわからないが街中でいきなり『先生』って呼ばれるのは困る。とりあえずこれくらいの妥協点でいいだろう。

 そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。スープとステーキとサラダにパンとシンプルであったがどれも街の食堂で食べるものより見た目も味もよかった。特に肉は美味かった。ただカーティラさんの肉はサイズがおかしかった。やっぱ体もでかいし虎だからかな?

 食事中もセレンさんがずっと話をしていて賑やかな食卓だった。さっき別々になった時にシルフにいろんな服を着せたこと、逆にシルフは服がたくさんあって驚いたことなどを話していた。ただセレンはやはり早く魔法を覚えたい、魔法を使えるようになるのが楽しみだと目をキラキラとさせていた。プレッシャーだ。

 なんとかしてあげたいが公認魔法教師がお手上げだったんだ。普通に教えようとしても無理かもしれない。実際魔力の流れはあんまりよくない。そうなるとシルフのように'特別な方法'を使わないといけないかもしれない。そうなると・・・いやぁ、あの虎のお父さんがなんて言うか。

 とりあえず普通の方法で頑張ろう。


「今日はこのまま泊まっていくんだろう?」


 カーティラさんが当たり前のように提案してくる。そんなつもりは全くなかったが。


「いえ、食事も頂きましたしそこまでしていただくのは。宿も取ってありますし」

「魔法教師を雇えば宿や食事を用意するのは当たり前だ。宿代を渡すよりうちに泊まってもらった方が俺も助かるんだが」

「先ほどもお伝えしたんですがそもそも魔法を教えることで報酬を得ようとは思っていないので。その代わり教える間もつきっきりでなく普段の生活費を稼ぐ活動はさせていただくつもりでした」

「もちろんずっと拘束しておくつもりはないが」


 セレンさんが机をバン!と叩いて立ち上がる。


「素晴らしいですわ!そうです、今日だけと言わずこの家で一緒に暮らしていただけばいいんですわ!わたくしもっとシルフさんと仲良くなりたいですわ!」


 いや、そう言う話じゃないんだけど。


「セレンもこう言ってるがどうだ?」

「う~ん」


 宿と飯にお金がかからないというのは正直助かる。確かに魔法を教える時間を取られるなら稼ぐ時間が減ってしまうだろうし、魔法を教える度にいちいち訪ねてくるのも面倒だ。悩む。


「風呂もあるぞ」

「お風呂あるんですか!?」

「ああ、もちろん今日も入れるぞ」


 風呂に入れる。これは仕方ない。お世話になろう。


「お風呂好きなんですか?」


 急に声を上げた俺にシルフが不安そうに訪ねてくる。


「好きというわけじゃないけど風呂には入りたい」

「そうなんですね。私は入ったことないのでわからないですが」

「それでしたらシルフさんはわたくしと一緒に入りましょう!」

「ええっ!?一緒にですか!?」

「そうですわ!女同士ですし恥ずかしくなんてありませんわ!」


 そう言ってセレンさんがシルフを引っ張って部屋を出ていく。まだ返事はしてないんだけど・・・


「じゃあ決まりだな。チル、二人の部屋を用意しておいてくれ」


 そう言ってお世話になることが決まった。

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