第二十八話

 黒曜丸と別れた後、正宗市蔵と甘露の親娘は、宿に戻って休んでいた。

 

「妖しい雰囲気の女装の男だって!」

 用を足しに出ていた甘露が、宿の奉公人からその情報を聞きつけ、目を輝かせながら入ってきた。

 

「黒曜丸さんが見つけたらしいわ」

「細君は?」

 仰向けに横になっていた市蔵は、目を閉じたまま甘露に聞いた。

「毒で動けなくされてたけど、黒曜丸さんが助けたって」

「そうか」

 市蔵はそれだけ言うと、ゴロンと甘露に背を向けた。

 

「女装の男なら、割と簡単に見つかるんじゃない?」

「女装してればな」

「あ、そうか!身バレしたんだから、ふつう着替えるよね」

 そう一瞬、納得した甘露であったが、

「じゃ、どうやって見つけたらいいの⁉︎」

 と、頭を抱えた。

 

「夜になれば出てくる」

 背を向けたままの市蔵のつぶやきに、

「だから、どうやって見つけるのよ?」

 甘露は苛立ちをぶつけるかのように、大きな声で聞き返したが、市蔵は何も答えなかった。

 

 やがて空は茜色に染まり始め、その時は刻一刻と近づいていたが、何が起こるのかは誰も想像できなかった。

 

 

 霧乃杜の中心部にある、大通りが交差した場所では、昼間、黒曜丸が開けた穴を囲むように縄を張り、その周辺と穴の周りには篝火が焚かれ、護用所の役人が警戒にあたっていた。

 そのため交差点の周りは、日が沈んだ現在も明るく、かなりの人々が足を止めて野次馬と化しており、それに加え、連続殺人犯を捕えるために集まった狩人たちが、犯人の現れる確率が最も高いと思われるこの場所に、こぞって集結し始め、大通りは祭りさながらの賑わいとなっている。

 

 ちなみに、横穴は近くの近くの着物問屋の物置につながっていたが、着物問屋で女装の男に該当する者の情報は得られず、その痕跡も見つからなかった。

 

 

 その頃、黒曜丸は清泉と共に宿にいた。

 

「行かれないのですか?」

 暗くなった窓の外をチラリと見て、清泉は聞いた。

「俺の仕事じゃないですから」

 毒が抜け体が動くようになったとはいえ、清泉はまだ本調子ではない。

「清泉さんのそばにいることが、俺の一番大事な仕事です」

 清泉を二度とあんな目には合わせない。

 それが今の黒曜丸の唯一の行動原理となっており、もちろんあの犯人への怨みも、ぶった斬ってやりたいという思いも、消えたわけではない。

 ただ今は、清泉のそばを離れたくなかった。

 

「それに、あの人がいますから」

 

 

 正宗市蔵は八面狼の面をつけ、娘の甘露と共に、昼間と同じ交差点が見渡せる屋根の上で、横になって夜空を見ていた。

 

「あんなに人がいたら、誰が誰だかわからないわ」

 膝を抱えて座りながら、甘露が人混みを観察して言うと、

「お前は見る目がないからな」

 市蔵が一言で切り捨てた。

 

「あ、ひっど〜い!絶対見つけてやるんだから!」

 抱えた両膝の上にアゴを乗せ、真剣な眼差しで、甘露は再び人混みの観察を始めた。

 

 

 その男は、交差点から少し離れた、建物の壁にもたれ掛かり、人混みには全く興味を示さず、腕組みをして目を閉じていた。

 スラリとした細身の体型で、黒に細い黄色の縦縞の入った着物に、赤紫色の帯をしたその男は、黒く艶やかな長い髪を結わずに、七三分けで流した、遊び人のような身なりをしている。

 

寂雨じゃくうさま」

 男に静かに近づいて声をかけた女は、その男を『寂雨』と呼んだ。

 女の方は一見、商家で働く使用人の娘のように見えるが、見る者が見れば、その動きや鋭い眼差しから、特殊な訓練を受けた者であることがわかる。

 

「どないやった?」

 口を開いた寂雨の声は、抑えた男性のものであったが、その独特な訛り口調は、清泉を拐った女装の男のものである。

 

「アレに気付く者はおらんかったようで、いつでも大丈夫です」

「ほな、始めよか」

 寂雨は静かに目を開けると、人混み溢れる大通りの交差点の方へ、ゆっくりとした足取りで歩き出し、女も後に続いた。

 

 交差点中央の穴の周りに張られた、野次馬で溢れた縄の近くまで来る頃には、女の方が先にたっていた。

 女は人混みを掻き分けて、穴が良く見える縄の手前で、懐から何かを取り出すと、手で隠しながら口に咥え、それを力強く吹いた。

 

 音はしなかった。

しかし数秒後、そこにいた者すべてが、カサカサという乾いた音の重なりを耳にし始める。

 それは文字通り、地の底から湧き上がるように響き、次の瞬間、黒曜丸が開けた穴の中から、白っぽい何かが柱となって噴き上がった。

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