第二十七話

 人々は、いきなり大通りの真ん中で、長身で隻腕の若い男が長い刀を抜き、振い始めたのを見て騒然となり、ある者は逃げ出し、ある者は遠巻きにそれを見ていた。

 

 そして、その男が魔法のように、地面に穴を開けて、その中に吸い込まれてからも、しばらくはそこに近づくことが出来なかった。

 当然であろう、五人も殺害した殺人鬼は未だ捕まっていない。

 昼間とはいえ、もしかしたら今の男が、その殺人鬼かもしれない。

 そんな中、遠巻きに見物していた狩人が、穴の中に声をかけたのである。

 

「ちょっと、どいててくれ」

 穴の中から男の声がして、声をかけた狩人が少し下がると、さっきの隻腕の若い男が、その片腕で女性を抱えて、穴の中から飛び出してきた。

 

「誰か、近くに医者を知らないか?」

「一体どうした?その女性は?」

 狩人は黒曜丸に聞いた。

 

「俺の妻だ、連続殺人の犯人に拐われて、おそらく蜂の毒で麻痺させられた」

「見たのか?犯人の顔を⁉︎」

「ああ、この下の横穴を逃げた。女の格好をした、黒い着物姿の痩せた男・・・・だ!」

 

 気が見える黒曜丸には、清泉を拐った妖艶な女の気が、実は男性のものであることが、最初からわかっていた。

 女性の格好をしていたことには驚いたが、そのドス黒いおどろおどろしい気は、紛れもなく黒曜丸が探していた、気の残滓と同じモノであったからだ。

 

 それを聞いた狩人は、近くにいる仲間を呼ぶため、よく響く指笛を鳴らすと、単独で穴の中に飛び込んだ。 

 遅ればせながら、近くにいた護用所の役人たちと、穴に入った狩人の仲間も駆けつけ、黒曜丸の説明を聞いた数人が穴の中に入り、残った者が、近くの医者の所に清泉を運ぶ手伝いをしてくれた。

 

 清泉を診てくれた医者によると、怪我はなく、毒で麻痺して動けない状態ではあるが、意識もはっきりしており、毒さえ抜ければ元に戻るであろうとの見立てであった。

 

 医者が離れると、黒曜丸は清泉の手をとってやさしく握り、以前に同調させた時を思い出しながら、毒よ早く消えろとの想いを込めて、優しく己れの気を送った。

 もちろん黒曜丸には、療気を扱った経験などない。

 

 しかし、そんな真摯な想いを込めた気も、時折流れを阻害する何かに当たり、その度に包み込んで溶かすように、焦らずにじっくりと、以前の黒曜丸からは考えられない慎重さで、清泉の体の隅々にまで行き渡るように、気を送り続けている。

 

 清泉も握られたその手から送り込まれる、黒曜丸の気を感じながら、その気を迎え入れることだけに集中し、黒曜丸との気の同調の証しでもある、黒曜丸が纏う空色の気が見え始めると、目を閉じて身を任せた。

 

 そうしているうちに、黒曜丸は清泉からも自分の中に、徐々に優しく温かい気が、流れ込んでくるのを感じ始めた。

 

 どれくらいの時間が経ったのであろう。

 気が同調し、二人の経絡が一つに繋がったことで、清泉の体を麻痺させていた毒は、徐々に薄れて消え、二人は一種の瞑想状態に入っていた。

 

「あのぉ、尾上様、尾上様?」

 

 様子を見に来てくれた、看護助手の女性から声をかけられて、黒曜丸はビクッと反応して、現実に引き戻された。

 同様に清泉も目を開け、ごく普通に体を起こし、

「あ、申し訳ありません」

 と、居住まいを正して座った。

 

「え⁉︎お加減はもう大丈夫なのですか?」

 看護助手の女性は目を丸くして、清泉と黒曜丸を交互に何度も見た。

 

「あ、清泉さん」

「黒曜丸さん」

 二人は少し前までの緊迫し、大変だった状況を忘れてしまったかのような、穏やかな気持ちでお互いを目視で確認した。

 

(良かった、毒は消えたみたいで)

(ハイ、ご心配をおかけしました)

 意識してそうしたわけではない。

 黒曜丸と清泉は、互いの目を見合わせて、そう考えただけである。

(手を繋いでなくても聞こえますね)

(ハイ)

 

 最初は遠くから呼ばれているような響き方だった。

(毒よ消えろ!)

 黒曜丸の温かい気と共に、その声は清泉の頭の中に響き、清泉も気の流れに集中しながら、答えるように黒曜丸の名を呼んでいた。

 次第に黒曜丸にも清泉の声が聞こえ始め、ごく自然に話せるようになり、黒曜丸は清泉から、あの女装の男のとの状況も、既に一通り説明を受けていた。

 

(清泉さん、体の調子はどうですか?)

(黒曜丸さんの気をもらったので、以前より元気なくらいです)

 そう言って、清泉は笑顔を見せる。

(黒曜丸さんこそ大丈夫ですか?)

(もちろん!ただ、何も食べてないんで、腹は減りまくってます)

(私もです)

 

 見つめ合ったまま何も語らずに、笑顔を見せている美男美女夫婦を、看護助手の女性は不思議に思いながらも、その幸せそうな空気感を、微笑ましく感じて見ていた。

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