第二十五話

 女は自分に攻撃を仕掛けた、地上にいる何者かの纏った、鬼神の如き猛々しい気を見て驚いた。

 

何者なにもんやの⁉︎)

 

 女にとって想定外だったのは、清泉が一人になった時に彼女を見つけたため、黒曜丸の存在を知らずに、清泉を拐ってしまったことであった。

 

 地上から襲ってきた者の気が、自分に見えるように、相手からも自分の気が見えている。

 一瞬でそう悟った女は、次の攻撃を回避するため、倒れている清泉に駆け寄り、細身の体型にそぐわない力で、清美を抱え起こして背負い、地上からの攻撃の盾にすると、足元に落ちていた飴色の固まりを拾ってから、地上にいる相手の気に集中し、次の攻撃に備えた。

 

 

 清泉は自分の真上に、物理的に黒曜丸の存在を認識したことで、女が自分を盾にしたこともお構いなしに、一気に高揚する気持ちを抑え切れず、身体を動かすことは出来ない分、逆に全神経を研ぎ澄ませて、黒曜丸に思念を送った。

 

(黒曜丸さん!)

 

 気の刃が相手をかすめただけにとどまり、おまけに清泉を盾に取られ、二撃目を出せずにいた黒曜丸に、微かだがその思念は届き。

 

(大丈夫ですか⁉︎清泉さん!)

 

 無意識に返した黒曜丸の思念も、微かではあるが、清泉にも届いた。

 

 互いに相手の声が聞こえたことで、二人はそのあとも言葉を送り合ったが、届いたのは最初の思念だけで、それ以降の思念は届くことはなかった。

 

 そのもどかしさに業を煮やした黒曜丸は、大股で数歩移動し、再び『雲斬り』に気を集中させると、今度はその切先を地面に付けて、一気に気を放出させながら、己れを中心に体をゆっくり回転させて、コンパスのように円を描き始めた。

 

 

 女は清泉を背負ったまま、堅い表情で地上の相手を警戒しながらも、相手の次の手が読めず、動けないでいたのだが、相手の気がおもむろに自分の頭上から移動し、微妙な距離で立ち止まったことで、更に混乱していた。

 

 すると、先ほどほど強くはないが、重い地響きと共に、横穴の上から気の刃が突き出て来て、土が擦れるような音を立てて、ゆっくりと回転を始めた。

 

(今度は何やの⁉︎)

 

 ゆっくりとした気の刃の動きとその音は、女の神経を逆撫でしながら、徐々に円を描いた起点に近づいてゆき、円を描ききって消えた。

 気の刃が消え一瞬の静寂の中、地上から響いたドンという音の後に、横穴の上に描かれた円の内側がポロポロと崩れ始めると、次の瞬間、円柱状の土の固まりが一気にずり落ちて地面に当たって崩れ、横穴の中を大量の土煙が舞い上がった。

 

 しばらくして、舞っていた土煙が収まってくると、小山のように積み上がった落下土砂の上に、背を向けてかがんだ人影が、だんだんと見え始めて来た。

 

 積み上がった土砂の上の影の主は、左膝を立て右肩に大太刀をかついだ状態で、

「びびった〜」

 そう言うと、ふーっと大きく一つ息を吐いた。

 

(黒曜丸さんっ!)

 清泉は、その見慣れた後ろ姿に、安堵と感動の想いを振り絞り、出せない声の代わりに、心の中でその名前を叫んだ。

 

 その清泉の真っ直ぐで純粋な想いは、耳に入っていた全ての音を消し、黒曜丸の頭の中に再び響き、黒曜丸は心の声がした方へ振り返った。

 

「清泉さぁ〜んっ‼︎」

 黒曜丸は、妖しい雰囲気の犯人の背に、探し求めた清泉の姿を確認すると、横穴中に響き渡る大声でその名前を叫び、鬼気迫る表情で清泉を背負った犯人を睨みつけた。

 

 女は、横穴の上から降ってきた黒曜丸の、血の涙の跡も加わった怒りの形相と、尋常ではない猛獣のような気の圧に、背負っていた清泉を支えていた力が抜け、滑るように落としてしまう。

 

(アカン…今のウチではこの男には勝たれへん、この大事な時に、貧乏くじ引いてしもた‥)

 そう頭の中で愚痴りながら、女は冷静にこの状況を打開する策を考えていた。

 

 清泉を人質にとって逃げようにも、弛緩して動けない状態では、ただのお荷物にしかならず、防御の隙を作ってしまう可能性すらある。

 ただ、女にとって幸運だったのは、男の降ってきた位置が出口側ではなく、横穴の奥側だったことである。

 

(この娘を最後の贄に出来んのは残念やけど…)

 

 女は懐から、手のひらより少し大きめの竹筒を取り出し、いくつも小さな空気穴の空いた蓋を外すと、顔の前にかざして、

(堪忍な、ちょっとだけ、あの男足止めして!)

 と、目を閉じて念を込めてから、その竹筒を落とした。

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