第二十四話

「ああ、起きたはるみたいやねぇ」

 

 背後の人物は、聞き覚えのある独特の訛りで声をかけてきた。

「動かれへんで歯がゆいかもしれんけど、アレの毒は丸一日は抜けへんよって、堪忍してな」

 

「まぁ、辛抱してもらうんも、今晩までやけど」

 やはり自分の予想通り、背後の人物は今晩行動を起こすつもりのようだ。

 清泉は、自分がその贄にされることへの恐怖より、この一連の連続殺人を起こした理由を、背後の人物から聞き出したかった。

 

 すると、背後の人物は、清泉が向いている方にまわり、しゃがんで清泉の顔を覗き、

「ん?全然怖がってへんのね。気ぃが強いんか?アホなんか知らんけど、可愛いげのない娘やわぁ」

 その少しおどけた口調とは裏腹な、感情の全く読めない表情でそう言った。

 

 清泉は、目の前にいる妖艶な女性から、何かを引き出せればと、その感情の読めない、黒目がちな暗く深い瞳から、視線を外さずに見つめた。

 

「なんで自分がこないな目におおとるんか、知りたいって顔やねぇ」

 

 妖艶な女性は、少し考えるそぶりを見せてから、

「特別やよ」

 そう言って立ち上がると、おもむろに語り始めた。

 

「別に最後の贄にするんは、あんたやのうても良かったんやけど、ほんま綺麗な気を纏うてるもんやから、つい」

 この妖艶な女性も、黒曜丸同様、気の色まで見えるようだ。

 しかし、黒曜丸に気の色を褒められた時とは違い、何の感動も喜びもない。

 

 妖艶な女性は懐から黒い袋を出し、その中から樹液を固めた様な、握り拳大の飴色の固まりを取り出した。

 

「今晩この子に、あんたの血と精気を与えたら、私にも赤目の直系にも負けへん力が、手に入るんよ」

 妖艶な女性は、両手でその飴色の固まりを包み、愛おしそうに頬擦りしながらそう言った。

 

 横たわったままの清泉の位置からは、『この子』と呼ばれた飴色の固まりの中までは見えないが、自分を麻痺させた蜂を『アレ』と呼んでいたことを鑑みるに、この女性にとって固まりの中の、おそらく昆虫であろう『この子』は、かなり貴重なものらしい。

 それがどんなものにせよ、己れの欲望のために五人もの命を奪うことなど許されない。 更に、自分の命までもが、その欲望の糧にされようとしていることに、清泉は怒りを覚えた。

 

「あらぁ、怒ったん?せやけど、怒っても綺麗な気の色やねぇ」

 清泉の怒りの感情の気の色を見て、女は折れない清泉の気持ちに対し、一瞬苛立ちを面に出すと、小馬鹿にするような口調でそう言った。

 

 その時である。

 清泉には見えなかったが、重い何かを振り下ろしたかのような振動と共に、女の頭上から刀身のような光る切先が、飴色の固まりを持った腕をかすめ、女は飴色の固まりを落とした。

 

「なんやの⁉︎」

 女は腕を押さえてそう叫びながら、数メートル跳び下がると、身体を低くして切先が降ってきた、洞窟の上辺りを睨みつけ、次の攻撃を警戒した。

 

 女が落とした飴色の固まりは、清泉の目の前に転がってきて止まり、その中のモノを見て、清泉は驚いて目を丸くした。

 

(スズメバチ⁉︎)

 飴色の固まりの中には、本当にスズメほどの大きさの、巨大な生きたスズメバチが入っており、固まりの中の狭い空間で、大顎をカチカチと鳴らし、小刻みにハネを震わせながら、清泉を威嚇していた。

 

 

 

 時はほんの少し遡り。

 

 交差した大通りの地下から発せられる、清泉の光の波紋を、黒曜丸が何度目かに確認した時、その波紋に変化が起きていた。

 清泉がいるであろう位置を中心に、きれいな円を描いて、幾重にも広がっていた波紋が、円に揺らぎを見せ始め、そして、波紋の色にも変化が現れていた。

 

(まさか、清泉さんに危険が⁉︎)

 黒曜丸は目を開き、波紋の中心の真下を凝視した。

 眼球の奥に鋭い痛みは走ったが、黒曜丸は気を見ることに集中し、地面の下に横たわる形の清泉の気と、傍らに立つ毒々しい気の持ち主を確認した。

 しかし、清泉の気はその色こそ美しいが、普段の穏やかな時の色合いではなく、昂るような感情と、それを抑えこむ感情の色が入り混じった、黒曜丸が未だ見たことのないものであった。

 

(これは、恐怖…?いや、怒りか⁉︎)

 

 どちらであるにせよ、清泉を拐った奴が、そういう精神状況にさせていることだけは確かである。

 そして、そいつはすぐそこにいる。

 黒曜丸は波紋の中心に移動すると、毒々しい気の持ち主の方を向いて立ち、右手を高く上げて、

「雲斬り!」

 と声に出して、背中に背負った大太刀に気を送り、その右手に呼び込んだ。

 

 “カチャ”っという鯉口の切れる音と共に、大太刀『雲斬り』は、刀身が鞘を擦る微かな音をたてながら、滑るように飛び出して抜け、半回転して黒曜丸の右手に納まった。

 

 黒曜丸は右手を頭上に上げたまま、柄を中心にくるりと『雲斬り』を逆手に持ちかえると、地面の下に見える、毒々しい気の持ち主に狙いを定め、突き立てるかのように振り下ろした。

 

 しかし、『雲斬り』は地面に突き刺さることなく、地面から紙一重のところで止められ、と同時に、その切先を中心に重い地響きが広がり、止められた切先の先の地面には、地面自体が鞘になったかのような、『雲斬り』の断面を型取った穴が開いていた。

 

 これは、カマキリ男との対戦の時には、薙ぎ払うようにして伸ばした気の刀身を、真っ直ぐ突き立てながら、伸ばしたことで開いた穴あった。

 そして、その気の刀身は黒曜丸の強い意志に呼応し、カマキリ男との対戦の時以上の、刀身の三倍もの長さにまで伸び、それは稲妻のような早さで、地面の下にいる相手に届いたが、腕をかすめただけにとどまった。

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