第二十三話

 同じ頃。

 清泉は、未だ蜂の毒で身動きの取れない、藁筵に横たわったままの状態でいた。

 それでも、自分を見つける手がかりが黒曜丸に届くようにと、黒曜丸を思い気(念)を送り続けていた。

 

 黒曜丸の妹の小桜と、遠い親戚の尾上小天狗のように、心の声での会話ができるわけではないが、黒曜丸は清泉の気を見ることが出来る。

 なので動けない状態の今、これは清泉に出来る、助かるための唯一の方法であった。

 

 

 黒曜丸は袖で血の涙を拭うと、もう一度目を閉じて、ただ清泉のことをだけを考え、その気を探った。

 広がった光の波紋は、やはり同じ位置で途切れ、今度は湧き上がるように、小さな波紋は重なって光を放っている。

 

「やっぱり、あそこか!」

 目を見開いて声に出し、黒曜丸は清泉の居場所を確認した。

 

 しかしそこは何も無い、大通りが交差した場所。

(ということは、地面の下⁉︎)

 光る小さな波紋も、下から湧き上がるように発生していた。

 まさか清泉は埋められたのか?とも考えたが、あの短い時間で、それも大通りの真ん中に、埋めることなど不可能である。

 あの下に地下室か、洞窟があると考えるのが妥当であろう。

 だとしたら、この近くの建物のどこかに入り口があり、清泉をさらったあの毒々しい気の主、おそらくこの連続殺人の犯人も、潜んでいるに違いない。

 

「絶対に見つける!」

 固い決意を胸に黒曜丸はそう声に出すと、入り口がありそうな不審な建物がないか、交差した大通りの周りの建物を、念入りに調べ始めた。

 

 

「手伝ってあげればよかったのに」

 父親の正宗市蔵を追いながら、甘露は声をかけた。

「奴なら自力で見つけられる」

 振り返りもせずに、市蔵は答えた。

「珍しいわね?あの人のこと信頼してるんだ?」

 市蔵はそれには答えない。

 

「で?犯人っぽい奴は見つけたの?」

「幽霊ならいた」

 何の感情の変化も見せず答える市蔵に、

「ちょっとぉ〜、怖いこと言わないでよ⁉︎」

 甘露の方はかなり取り乱して、市蔵の袖を掴んで言った。

 

「見えてないなら、怖がることはない」

「見えないから怖いんじゃない!急に出てきて取り憑かれでもしたら、どうすればいいのよ⁉︎」

 幼くして母親を亡くしている甘露は、父の市蔵が狩人の仕事に出ている間、独りの夜を過ごすことが多かった。

 暗くて静かな長い夜に、どこからか聞こえる微かな物音は、幼い甘露の負の想像力を掻き立て、見えない何かに対する怖れを育んでしまった。

 

「その気は覚えた、近づいて来たら教えてやる」

「いらないってば!」

 

 市蔵の言う幽霊というのは、黒曜丸が見つけた毒々しい色の気の持ち主のことである。

 

 一般的に気を見るには、気の錬成を重ねる必要があり、見るためのコツを会得せねばならない。

 更に、気の見え方には個人差があり、黒曜丸のように意識せずに常時はっきりと、微妙な色の違いまで判別できて見えるのは、見える者の中でも稀であった。

 最もポピュラーな気の見え方は、相手の感情の状態で、色や大きさは変化するが、寒色もしくは暖色の湯気のようなモノが、全身を覆うように放出されているという。

 そして、その放出のされ方は、指紋のように千差万別で、そのことによって顔を隠そうが、その気の主を判別することまで出来る。

 

 しかし、市蔵の見た幽霊には実体が無く、大通りの真ん中に、揺らぐように気だけが出現し、しばらく移動して建物の中に消えた。

 これは単純に、市蔵が屋根の上から見ていたことで起きた偶然と言えるのだが‥。

 気の主が地下を移動していたために、本体の見えない違和感のある気だけが、幽霊のように動いて見えたのであった。

 

 

 黒曜丸は清泉が囚われていると思われる、地下の入り口を探すため、交差した大通りの周りの建物を、一軒一軒念入りに見て回った。

 

 しかし、目への負担が残っていたため、気の残滓での探索はせず、自然と目に入ってくる、建物を出入りする人々の気を見ながら、あの毒々しい気の持ち主を探すという、地道な作業であった。

 そして、時々目を閉じて、清泉の光の波紋を感じることで、清泉の無事を確認した。

 

 

 清泉の意識は完全に回復していたが、体の方はいまだ弛緩したまま、指先にも力が入らず、動かすことが出来ない。

 なんとか目を開くことは出来ている、しかし、頭を動かすことが出来ないため、かなりの長い時間、同じ場所を見続けている。

 

(⁉︎)

 物音はしなかったが、背後に人の気配を感じ、振り返ることも出来ないまま、清泉はその気配に全神経を集中させた。

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