第二十話
地図上に描かれた五芒星の中心に当たる場所は、霧乃杜の中で最も視界が開けている、二つの大通りが交差した場所であった。
「ここなら雲斬りも存分に振るえるな!」
「でも、邪魔も多そうですよ」
「確かに…」
その場には、辺りを調べている御用所の役人たちに加えて、五芒星に気づいた狩人たちの姿が、何組も見うけられた。
「清泉さん、ちょっと待っててください」
そう言うと、黒曜丸は駆け出して大きく跳躍し、大通りが交差した角にある、手前の建物の上に跳び上がった。
「屋根の上にばっかいて、狼じゃなくて猫だな」
黒曜丸の視線の先には、『八面狼』こと正宗市蔵と娘の甘露が、屋根瓦の上に並んで座っていた。
「あ〜っ!尾上黒曜丸⁉︎何でこんなとこにいるの?」
口を開いたのは甘露である。
「ん?誰だオマエ?」
別に二人は知り合いではなく、剣士隊隊長に推しがいる甘露が、黒曜丸の顔を一方的に知っていただけである。
「ホントに左腕、無い!大丈夫なの?」
甘露は思ったことを、すぐ口にしてしまう傾向がある。
「だから、誰なんだよオマエ?」
「私?正宗甘露。狩人でこの人の娘」
「正宗?八面狼じゃないのか?」
「そんな名字ないわよ!カッコつけてこの人が名乗ってるだけ」
「カッコつけて?」
「そ!変な面まで付けて」
娘の悪態には慣れっこなのか、市蔵は気にもかけない様子で、面越しに真っ直ぐ大通りを見つめ、じっと観察していた。
「そういえば清泉さんが言ってたな、蘇童将軍がアンタの話を、狩人の娘さんから聞いたって」
黒曜丸が口にした蘇童将軍という言葉に、正宗市蔵は反応し、チラリと黒曜丸を見た。
「アンタも剣士隊の元隊長だったんだろ?」
「・・・」
市蔵は何かを言いかけようとしたが、再び大通りの方に向き直った。
「ねぇ清泉さんって誰?私が銅弦隊長と蘇童将軍に会ったこと、何で知ってるの?」
甘露は、黒曜丸は口にしなかった、自身の推しの剣士隊二番隊隊長、多々羅銅弦の名前を出し割り込んだ。
「清泉さんは蘇童将軍のお嬢さんで、俺の嫁だ」
「ええ〜っ?あなた結婚したの⁉︎妹以外の女には興味も関心もない、残念美男子で有名だったのに!」
と、思ったことをすぐ口にしてしまう甘露自身も、かなり残念な女性である。
「で、何か用か?」
ここで初めて市蔵が口を開いた。
「いや、アンタがいるのがわかったんで、とりあえず挨拶にな」
「そうか、じゃあな」
そっけなく返事を返す市蔵に、
「なぁ、腕失くしてから、ちょっと鈍っちまってんだ、手合わせしてくれねぇか?」
黒曜丸は目を輝かせながら、手合わせを願いでた。
「鈍った奴とはやらん」
しかしまた、市蔵にそっけなく返され、
「そりゃそうか…アンタにゃ何の得もねぇもんな」
以前の黒曜丸なら考えられない素直さで、あっさりと引きさがった。
「そういうことだ」
「んじゃ、いつか頼むわ、八面狼さん」
「私ならしてあげるわよ、手合わせ」
右手を大きく上げ、甘露が名乗りをあげると、
「女とはやらねぇよ」
即答で黒曜丸は断った。
「あ〜っ差別するんだ!それとも女に負けんのが怖いの?」
と、挑発する甘露に、
「怖かねぇよ、顔とか身体に傷つけんのが嫌なだけだ」
黒曜丸は何のてらいもなく、真っ直ぐ甘露を見つめてそう言った。
「え…」
美しい顔立ちの黒曜丸の、嘘のない真剣な眼差しに、甘露はどぎまぎし、
「(その顔は)卑怯だわ…」
言葉足らずに、誤解を受ける言い方をしてしまい、思わず口元を押さえた。
「なんとでも言ってくれ。でも、親父さんほどじゃないが、アンタが相当強いのはわかる!男じゃないのが残念だ」
爽やかさと不敵さの混じった笑顔を見せると、
「じゃお二人さん、またいずれ!」
音も立てずに、ふわりとその長身を宙に浮かせ、黒曜丸は屋根の上から消えた。
「かっこいい〜!」
甘露は今度は素直に口にし、それを聞いた市蔵は「ふっ」と小さく鼻で笑った。
「笑うな!変なお面付けた、かっこ悪い中年親父が!」
そう言って、甘露は両手を枕に屋根の上に寝転んだ。
見上げた空には雲一つなく、青く澄みきっていた。
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