第十九話

 蠱術は蠱王の国から持ち込まれたものであるが、本来は『赤目』と呼ばれる蠱王の国の始祖の一族だけが、用いていた秘術である

 。

 赤目の一族は遺伝的に、蠱術で使う蠱毒に耐性があり、その特徴として眼の虹彩が赤く、普通の人々から畏敬の念と侮蔑も含め、赤目と呼ばれてきた。

 

 蠱毒は赤目の一族以外の人間には、蟲人に変貌するか死に至る、強力な毒でしかなかったが、人よりはるかに運動能力の高い、様々な蟲(昆虫)の能力を身に宿す媒介でもあった。

 

 そんな強力な毒である蠱毒も、西方の異国から持ち込まれた、呪法と組み合わせることで、赤目以外の人間でも、その強力な能力を手に入れることが可能となり、支配階級に赤目以外の人間も加われるようになった。

 そこに至るまでには、数えきれぬ人体実験が繰り返され、その方法は蠱毒の製法と共に長い間、支配階級の者たちだけが知る秘法であった。

 

 しかし近年、国内の情勢が乱れたことに伴い、その秘法が中途半端に世間に流出し、隣接する刃王の国にも影響が及び始めている。

 

 ただし、今回の連続殺人の犯人は、その蠱術の秘法を正確に知っていた。

 そして、その秘法はあと一手で完成する。

 

 

 黒曜丸と清泉は、再び御用所を訪れていた。

 

 御用所の役人は、霧乃杜の町を知り尽くしているが故に、正宗市蔵のように、地図に殺害現場を落としこむ作業をせずに、調書には住所だけを記していた。

 しかし、他所者である清泉と黒曜丸は、正確な場所を知るために地図を持ち込んで、向島左内に殺害現場の位置を、記してもらうことにしたのである。

 

 そこで初めて、左内たち御用所の役人も、殺害現場の規則的な位置関係を、知ることになった。

 

「こんな規則性があったとは⁉︎」

 左内は殺害順に印をつけた 五つの点を辿って出来た五芒星を見て、目を丸くして驚いた。

 

「するとまた、第一の現場に戻るのであろうか?」

「一筆書きならそうでしょうが、おそらくそれは無いかと」

 左内の疑問を清泉は退けた。

「それは何故ですか?」

 

「理由まではわかりませんが、殺害は五芒星のいただき部分に、何らかの印をつける行為だと思われますので、既に印のついた第一現場に戻る必要は無いはずです」

 左内の問いかけに、清泉は自分の推察を告げた。

 

「なるほど、ご内儀殿はなかなかの探偵方でございますね」

 左内に褒められて、照れるよりも先に、

「だろ!うちのさいはスゲェだろ?剣の腕だって、おそらくアンタより上だぜ!」

「こ、黒曜丸さん…」

 黒曜丸に『妻』と呼ばれ、更に褒め上げられて、清泉は真っ赤になってうつむき、黒曜丸の着物の端を掴んで制した。

 

「あ!剣の腕のことは余計でしたか?」

 黒曜丸は的はずれなことを言ってから

「なんにせよ、次があるならど真ん中しかないわな!」

 と、こちらは当てずっぽながら、清泉の考えと同じ場所を指摘した。

「そうですね、おそらく狩人の方々も、気づいて動かれると思います」

 

「いつですか?」

 左内が身を乗り出して聞いてきた。

「なんらかの術を施すために、五芒星を描いたのだとすれば、その効果を高めるには、満月か新月の夜でしょうか」

 

 満月はまだ先だが、新月は明日である。

 清泉の推測が正しければ、明日の夜、犯人はなんらかの動きを見せるかもしれない。

 左内を含めた、御用所の役人たちにも緊張が走り、にわかに騒然となった。

 

 清泉は自分の発言のせいで、御用所に余計な手間を、かけさせることになったのではないかと、戸惑い表情を曇らせた。

 黒曜丸はそんな清泉の小さな肩を抱き寄せ、

「役人が民のために動く、万が一無駄骨に終わっても、それは無駄じゃない、意味のある仕事なんです」

 清泉の顔は見ずに優しく声をかけた。

 

「黒曜丸さん」

 清泉が黒曜丸を見上げると、

「って、剣士隊の時に兄貴分から言われました」

 黒曜丸はそう言ってから、清泉を見つめ相好を崩した。

 

「とりあえず、俺らも場所だけ確認しておきますか?」

「そうですね」

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