第十八話

 黒曜丸と清泉は裏路地の現場を離れ、改めて霧乃杜の町の散策を始めた。

 特別変わった様子はなかったが、昼が近くなったためか、ちらほらと狩人たちの姿を目にするようになった。

 

 黒曜丸は八面狼の印象が抜けきらず、まるでガンをつけるかのように、すれ違う狩人たちを観察したが、それらの狩人のほとんどが、少し腕に覚えがあるが故の、威を誇示する気を纏っているだけの、八面狼には遠く及ばない者たちであった。

 

「なにジロジロ見てんだ?狩人が珍しいのか?色男の兄さんよぉ!」

 黒曜丸の視線に気づいた、四人でいた狩人のうちの一人が、狩人の品性を下げるような態度と、言葉で近づいてきた。

 

「あん?」

 普段の黒曜丸なら、あきらかに自分より弱いとわかる相手など、鼻にもかけずにやり過ごすのだが、闘わずして八面狼に敗れたような気分になっている今は、手負いの獣のように気が荒れていた。

 

 近づいてきた狩人は、黒曜丸の美しい容姿とはかけ離れた、猛獣のような威圧感に気圧されたが、

「だ、だから、そんな目で見てんじゃねぇって、言ってんだよ」

 引くに引けなくなって、なんとか言葉を続けた。

 

「申し訳ありません、失礼があったのなら謝ります!」

 不穏な空気に、小柄な清泉が割って入り、

「黒曜丸さん、どうしたんですか?恐い顔になってますよ!」

 なだめるように黒曜丸の胸に手を当て、少し強めに諫めた。

 

 胸元から見上げる、清泉の困惑と静止の思いがこもった眼差しに、黒曜丸は少し冷静になり、

「スミマセン清泉さん、なんかちょっとモヤモヤしてたんで‥」

 申し訳なさそうに、はにかんで笑顔を見せた。

 

「黒曜丸って呼んだよな?」

「長身であの大太刀…間違いない」

「あの馬鹿が…」

 仲間たちのヒソヒソと話す声が、耳に入る前から、そのヤバさを感じていた狩人は、自分がケンカを売った男が、元剣士隊隊長、尾上黒曜丸だとわかって、膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか堪えていた。

 

「スマン、俺の目つきが気に触ったんなら謝る」

 清泉に諭された黒曜丸は、そう狩人に声をかけ、軽く頭を下げた。

 

「イヤ…こっちも悪かったっ…じゃなくて、す、すんませんでした!」

 そう言いながら、ぺこぺこ頭を下げて仲間の元に戻り、他の三人の狩人たち共々、頭を下げながらその場から立ち去った。

 

 黒曜丸は清泉に向き直ると、

「ご迷惑をおかけしました!」

 身体を直角に曲げて頭を下げ、清泉を見上げながら、いたずらっぽい笑顔を見せた。

「ハイ、よくできました」

 清泉もニコニコと笑って、そんな黒曜丸の頭を撫でた。

 

 隠れた影の存在を忘れさせるかのように、柔らかな陽射しが霧乃杜の町を優しく包み、穏やかな時間だけが流れていた。

 

 

 

「どこ行ってたのよ?」

 胡座あぐらをかいて座っていた若い女は、振り返りもせずに、部屋の戸に手をかけた人物の気配に、ぶっきらぼうに言葉を投げた。

 

 若い女の名は『正宗甘露』狩人である。

 多くの宿が立ち並ぶ霧乃杜でも、ここは比較的安価な宿で、甘露はこの部屋を拠点として、同じく狩人の父親と共に、連続殺人犯の探索にあたっている。

 

 部屋に入って来たのは、黒曜丸たちに八面狼と名乗った男であった。

 『八面狼』は狩人の時に使っている名前で、本名は『正宗市蔵』と言う。

 

「ほら、部屋の中ではそれ外して」

 甘露に促され、市蔵は部屋の隅に座ると、着けていた狼の面を外した。

 

「で?なんか収穫あった?」

 市蔵は仕事と鍛練の時以外は、ほとんど外出をしない、娘である甘露はそのことをよく知っていた。

 

「地図」

「そっちの方が近いでしょ!」

 文句を言いながらも腰を上げ、甘露はまとめて置いてある荷物の所へ行き、丸めた霧乃杜の地図を取り出して、市蔵に投げつけた。

 市蔵はこともなげに片手で地図を受け止め、それを開くと、五つの事件現場の場所を指で辿った。

 

 黒曜丸と出会った屋根の上で、市蔵は空を見上げながら、俯瞰で事件現場を追って見ていた。

 そして、それらを線で結ぶと正五角形になることに気づいた。

 しかも、事件の発生順に辿って結ぶと、五芒星を描くのである。

 ただの無差別殺人だと思われた事件が、決して偶然の産物ではなく、あきらかに犯人が意図して行った行動であると、市蔵は確信していた。

 

「五芒星!」

 地図上の市蔵の指の動きを見て、甘露もそれに気づいた。

「それじゃ犯人は、もう目的を達成したってこと⁉︎」

 

「また蠱術か…?」

「やだ、また蟲人むしびとと闘うの?」

 

 黒曜丸がカマキリ男に襲われたように、最近、市蔵が受けた狩人の依頼の中にも、それに類似した案件があった。

 そして、それをどう扱うのかは不明であったが、その蟲人は五芒星の描かれた紙を、懐に入れ持っていたのである。

 

(この事件、これだけじゃ終わらないな…)

 

 そんな市蔵の予想は、しばらく後に現実のものとなる。

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