第十六話

 最初の被害者である、旅商人の遺体の発見が報告されたのは、ひと月と三日前の朝であった。

 

 旅商人は鋭利な刃物で、喉元を右から左に切り裂かれ、仰向けに倒れた状態で絶命していた。

 旅商人の荷物は、そのまま残されており、路銀にも手をつけられていなかった。

 更に、この旅商人を泊めた宿もなく、遅い時間に町に入ったものと推測された。

 そういった点を考慮して、犯人は物取りの強盗ではなく、怨恨もしくは辻斬り的な通り魔の犯行とされ、探索を始めたという。

 

 その三日後、全く同じ手口で、今度は小料理屋で働く女の遺体が、夜の遅い時間に発見され、旅商人とこの女性に接点が無いことから、怨恨の線は除外され、辻斬り的な通り魔の犯行に一本化された。

 

 被害者両者の切り口は、同じ刃物によるものと判別されたが、刀で出来た傷とは違うという見解で、鎌的な特殊な武器ではないかと、検死にあたった医者は言っていたらしい。

 

「また鎌かよ…」

 そうつぶやいた黒曜丸の背中に、清泉はそっと手を添えて、優しく見つめた。

 

 三人目の被害者も女性で、宴席に呼ばれた帰りの、三味線の師匠だった。

 犯行の手口は同じだったが、唯一違っていたのは、近所の住民がこの師匠の叫び声を聞いたという点で、これによって犯行時刻が絞り込まれた。

 

 そして、三人目の被害者が出たことで、御用所はこの正体不明の殺人鬼を捕まえた者に、報奨金を出すことを公布、霧乃杜の町に狩人たちが集まり始める。

 

 そんな中で四人目の被害者が出る。

 あろうことか、被害者は狩人であった。

 しかもその被害者は狩人歴も長く、実力者で知られる男であった。

 探索の手が増えたことを、嘲笑うかのごとき犯行、狩人たちは仲間を殺られたことでいきりたち、更に狩人たちの姿が増えた。

 

 夜の霧乃杜の町には、狩人たちの目が光り、次の犯行は不可能かと思われたが、犯人は狩人たちの目をかいくぐり、第五の犯行をやってのけてしまう。

 五番目の被害者は旅籠の番頭で、本店から二号店への僅かな移動の途中、近道するためにいつも通る、細い裏路地で殺害された。

 裏路地といっても、二つの通りをつなぐ建物の間の、町屋二軒分の距離しかない短い道である。

 しかも、その裏路地に入る番頭の姿を、通りを見張っていた狩人たちが確認しており、その前後にそこに入った者もいなかったという。

 出口側の通りを見張っていた狩人も、その犯行時刻の前後に、その裏路地に入った者を、全く見かけていないと証言している。

 番頭がその裏路地を通ることを、犯人が知っていたとしても、犯人はどこから現れ、どこに消えたのであろう?

 

 それが四日前のことであった。

 

「犯人は幽霊か、妖怪なのか?」

 元々思考が単純な黒曜丸は、状況だけは理解したが、どうすればその犯行が可能か?といった考えを巡らせすことはせずに、一番簡単であり得ない答えを口にした。

 

「それか、最初からそこにいて、犯行後もそこにいたかですね」

 清泉は黒曜丸の答えは否定せずに、聞いた状況から導き出せる、一番可能性の高い答えを出し、

「番頭さんが発見された時刻と、最初に見つけたのは誰ですか?」

 まだ聞かされていない、状況の補足を申し出た。

 

「発見されたのは、裏路地に入って一刻いっときほど後で、見つけたのは出口側の狩人です」

 刃王の国での時間の単位は、抜け穴を通ってこちらの世界に来た人たちの影響なのか?江戸時代の頃のものと同じである。

 なので『一刻』は、季節によって長さは変わるが、約二時間ほとである。

 

 左内の説明に、清泉は考え込んだ。

(この状況だと、一番怪しいのは最初に見つけた人だけど…。だとしたら、わざわざ一刻も経ってから、自分が見つけたことにする、理由があるのかしら?)

 

「とりあえずは、その最後の現場見てくるわ!場所は?」

 考え込む清泉の思考を遮るように、黒曜丸はそう言って腰を上げた。

 

「ハイ、では案内させます」

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