第十四話

 細切れになって地面に落ちたハリガネムシの残骸は、うねうねカクカクとまだ蠢いていたが、黒曜丸は背を向けて清泉の方へ歩いて行く。

 

「黒曜丸さん、雲斬りを」

 

 清泉は懐から懐紙を取り出し、黒曜丸が差し出した雲斬りの刀身を拭った。

 

「ありがとう清泉さん」

 そう言うと黒曜丸は雲斬りを立て、鞘に収まるイメージを送った。

 雲斬りは黒曜丸の手を抜け、真っ直ぐ宙に浮かび上がってクルリと反転すると、そのままゆっくりと落下して、どこにも引っかかることなく、静かに鞘に収まった。

 

「傷を見せてください」

 清泉が心配そうに、黒曜丸の顔を見上げて言うと、

「これくらい、かすり傷ですよ」

 思い出したかのように、黒曜丸は頬の傷に触れて答えた。

 

「ダメです!謎の寄生虫につけられた傷なんですから」

 少し強い口調で清泉に言われ、

「それはそうですね…」

 黒曜丸は素直に従って、頬と他数カ所に受けた傷を、清泉に見せた。

 

 清泉は携帯していた消毒薬を、手拭いに含ませると、それぞれの傷口に当て、顔の傷は特に念入りに消毒し、

「残るほどの傷ではないと思いますけど…」

 そう言って傷薬を塗り込んだ。

 

 黒曜丸は、長身で眉目秀麗な外見なため、寄ってくる女性は多かったが、女性より己が鍛練と、強い相手への関心が強過ぎて、母親と溺愛し過ぎな妹以外、ほとんど女性と接してこなかった。


 失った左腕の治療と療養がきっかけで清泉と出会い、親密に接し、深く心を通わすようになって結婚した黒曜丸は、清泉というかけがえのない存在を通して、これまで気にも止めていなかった女性に対して、初めて敬意を抱き、その大切さを感じていた。

 

「清泉さんがいなかったら、たぶん俺、やられてました」

「そうなったら、私もやられてましたね」

 清泉は、いたずらっぽい笑顔を見せてから、

「次の宿場で父に手紙を書いて、あの虫に変わる薬のことを、知らせようと思います」

 真剣な表情になって、カマキリ男の残骸を見つめた。

 

「ウン、それは賢明な判断っス!」

 そう言って黒曜丸は、カマキリ男の残骸に近づいて、まず下半身を担ぎ、

「変に騒ぎになっても困るんで、コイツは隠しましょう」

 

 黒曜丸と清泉は、街道脇の雑木林に残骸を運んで、少し穴を掘って埋めて隠し、そこに手を合わせて、次の宿場へと向かった。

 

 次の宿場で、清泉は父の蘇童将軍に文を書いて、人をカマキリに変身させた薬のことを報告を済ませ、この日はここに泊まった。

 翌日、二人は朝早く出立すると、この街道最大の宿場町『霧乃杜きりのと』へと向かった。

 

 

 『霧乃杜』は二つの街道が交わり、その一本が王都へも伸びているため、人の行き来が盛んで、宿場町として開かれはしたが、今では一つの都市に匹敵する大きさに成長している。

 

 黒曜丸と清泉は、この日の夕方近くに霧乃杜に到着した。

 ここまでの宿場町と比べ、桁違いに建物の数も多く、宿以外の様々な店が軒を連ねており、旅装束でない人々の往来も多い。

 しかし、人の多さに比べて、町は不思議なことに静かで、すれ違う人々の表情は硬く、少し暗い印象を受けた。

 

 黒曜丸と清泉は顔を見合わせ、

 

「何かあったんでしょうか?」

「ああ、この町にはそぐわない、目つきの鋭い連中も、何人かいたしな」

「ハイ、おそらく狩人の方々でしょうか」

「さすがは清泉さん!気づいてたんスね」

 

 清泉の言った狩人とは、動物を狩る職業の狩人ではなく、賞金稼ぎの俗称である。

 『刃王の国』は、元は豪族が所有した領地を統合し分割して、それぞれ違った領主に治めさせており、治安維持の方法は領主に任されている。

 基本的には王都の剣士隊のような、武人を集めた役人が自治を担っているが、凶悪な犯罪者や獣人、手に負えない巨獣などには、賞金がかけられ、それを生業とした者たちに任せていた。

 

 二人は、手頃な宿を探しながら町を散策し、更にその違和感を強くした。

 

 そして、比較的新しい外観の宿に入ると、部屋に案内してくれた若い女中から、

「お客さん、日が暮れたら外を出歩くのは、おやめくださいね」

 そう、忠告された。

 

「何故ですか?」

 聞きたいことはたくさんあったが、とりあえず清泉は、女中の言葉の意味だけを尋ねてみた。

 

「このひと月ほどの間に、夜に出歩いてた人が、五人殺されているんです」

「五人もですか⁉︎」

 清泉は驚きとともに、町の異様な雰囲気の理由を理解した。

「ええ、それもみんな同じように、喉を切られて…」

 

「その人たちに共通点はあるのかい?」

 若い女中は、黒曜丸から話しかけられ、

「いえ、男の人が三人と女の人が二人、年齢もバラバラです」

 頬を赤らめながらも、緊張した口ぶりでそう答えた。

 

 黒曜丸は清泉と目を合わせてから、

「そいつは物騒だな。ありがとう教えてくれて、俺たちも気をつけるよ」

 内心のわくわくを抑えながら、若い女中に礼を言って笑顔を見せた。

 

「困ったことや聞きたいことがあったら、いつでも声かけてください」

 そう言い残して、若い女中はそそくさと部屋を出て行った。

 

 ここまでの道中で、黒曜丸を見た時の女性の反応にも慣れた清泉は、そんな女性たちの反応より、連続殺人犯の話を聞いた時の、黒曜丸の目の輝きの方が気になっていた。

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