第十三話

 この首から生えたハリガネムシは、まだ一度も攻撃をしかけて来てはいない。

 

 切断した二本は、何故か切断面から消えており、黒曜丸は冷静に気を整え、最後の一本を斬るための警戒を怠らずにいた。

 

 すると、首から生えたハリガネムシの生え際から、切断され身体の中に残った部分と思われる、短い二本のハリガネムシが、真ん中の一本に絡みつきながら、先端まで這い上がってくると、捻れてくっつき円錐状の頭のようになった。

 その捻れた円錐状の先端は、いやハリガネムシの全身は、ゆっくりと回転し始め、徐々にその回転速度を上げると、首から出ている長さを伸ばし、威嚇するように大きく揺れ始める。

 

 黒曜丸はその動きを目で追い、右足を前に腰を落として、雲斬りを左の肩に担いで構え、細く長い呼吸をしながらその時を待った。

 

 次の瞬間、唸りにも似た風切り音と共に、回転する円錐形の先端が、黒曜丸に向かって突き出された。

 腕から伸びた時のハリガネムシなら、届かない距離の間合いを黒曜丸は取っていたが、首から伸びたそれは、それらよりも長く、真っ直ぐに黒曜丸を襲った。

 

 黒曜丸はその回転する円錐形の先端を、左肩に担いだ雲斬りで、一刀両断するつもりで斬り下ろした。

 しかし、その回転する先端は、雲斬りの勢いで弾き飛ばされこそしたが、断ち切ることは出来なかった。

 しかも、弾き飛ばされた反動を使い、勢いを増して襲いかかり、黒曜丸はのけ反ってそれを避けながら、受け流した。

 

 ハリガネムシは突きだけでなく、先端部を使っての横殴りの攻撃も交えながら、執拗に攻撃を続けて来る。

 黒曜丸はその度に切断を試みたが、ハリガネムシの胴体自体も高速回転しているため、雲斬りの刃は通らず、弾き返すだけに終わった。

 

「クソっ!何で斬れねぇ⁉︎」

 

 ハリガネムシの攻撃は、そのスピードを落とすことはなく、逆に黒曜丸は久しぶりの実戦な上に、筋力も持久力も腕を失う前のようには戻っておらず、次第に息を乱し始めた。

 

 呼吸の乱れは気の乱れにもつながり、ハリガネムシの攻撃を避ける動きにも、僅かな誤差が生じ始め、黒曜丸は衣服を削られ、所々に傷を負いだした。

 

 

 離れて見ていた清泉は、徐々に劣勢になりだした黒曜丸を、不安気に見つめながらも、ハリガネムシの攻撃を冷静に観察していた。

 

 ハリガネムシは、カマキリ男の首から長く伸びたそのカラダを、鞭を振り回すかのように自在に動かし、容赦ない攻撃を仕掛けているが、清泉はその違和感に気づいた。

 

「黒曜丸さん、鞭の動きに惑わされないでください!」

 

 清泉の声に一瞬気を取られ、回転する先端部の攻撃が、黒曜丸の頬をかすめる。

 しかし黒曜丸は怯むことなく、次の攻撃に備えながら、清泉の言葉の意味を考えた。

 

 (鞭の動きに惑わされるな?)

 

 黒曜丸は、清泉の言葉の意味を理解した。

 

 黒曜丸の位置からでは、ハリガネムシの鞭のような攻撃が盾となって、宿主のカマキリ男の身体の動きにまで、注意を払えていなかった。

 ハリガネムシの変幻自在な攻撃は、固定されたかのようにほぼ動かないでいる、カマキリ男の安定感があってこそ、出来る動きであった。

 

「わかりました清泉さん!」

 

 黒曜丸は二歩ほど跳び退がり、腰を落として前傾姿勢に身構え、大太刀雲斬りを逆手に持ち変えると、襲いかかって来るハリガネムシに向かって、強く地面を踏み込んで一気に駆け出した。

 

 回転する円錐形の先端が、眼前に迫って来るのを、黒曜丸は頭の位置を変えずに、身体だけを滑らせ、そり返りながら避けた。

 黒曜丸の端正な顔のほんの数ミリ上を、ハリガネムシの先端は通過し、黒曜丸はそのまま左足を前に投げ出し、右足を曲げて滑り込んで行く。

 そして、カマキリ男の手前まで来ると、左足でブレーキをかけて片膝立ちになり、逆手に持った雲斬りを、真横に大きく薙ぎ払った。

 

 黒曜丸に避けられたハリガネムシの先端は、上に円を描くように黒曜丸を追い、片膝立ちした黒曜丸の、無防備な背中めがけて襲いかかる。

 黒曜丸は振り切った雲斬りを、手の中でくるりと回転させ順手に持ちかえると、そのまま背中に目があるかのように、左肩側から背中にまわして、ハリガネムシの円錐形の先端を、雲斬りの刃の腹で受け止めた。

 

 雲斬りで受け止められ、弾かれるように跳ねた先端は、今度は身体をくねらせ、黒曜丸の背中側の首筋に狙いをつけた。

 しかし、黒曜丸の斬撃で既に切断されていた、カマキリ男の上半身は、ハリガネムシ自身の動きで切断面がずれ、後方に倒れこんだために、支点が動いてあらぬ方向への攻撃となった。

 

 黒曜丸は地面にのたうつハリガネムシの、先端部付近と少し離れた部分を、足で踏みつけその回転を止めると、捻れて絡んでいた先端部の三本も解け、声こそ出さないが、鳴き声をあげるかのように、開いたり閉じたりして蠢いている。

 

「寄生虫なんかに、こんな苦労するなんて、まだまだだな…」

 

 黒曜丸は足を外し、雲斬りでハリガネムシをすくって宙に放り上げると、雲斬りを波打つように舞わせ、ハリガネムシを細切れに斬り刻んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る