隻腕無双

第十二話

　カマキリ男は、斬り落とされた右腕と右眼から、体液を流しながらも、痛みを感じている様子はない。

「でもやっぱ、直接ぶった斬りたいよな、雲斬り」

　念（気）を込めれば、今の腕力でも斬れる！これは正しいとも間違いだとも言えるが、そう確信した黒曜丸は、右手に握った雲斬りに、オマエはなんでもぶった斬れると、念を込めた。

　黒曜丸は下段に雲斬りを構え、一気に踏み込んで間合いを詰めると、カマキリ男に斬り上げた。

　カマキリ男は左の鎌で受け止めようとしたが、なんでも斬れると念（気）を込められた、雲斬りの切れ味は鋭く、その鎌をなんなく切断し、返す刀でその首を落とした。

　刀を振りきった残心の状態で、黒曜丸は終わったと思いかけたが、カマキリ男から感じる闘気は、その色を別のものに変え、自分に向けられて来ていた。

「まだ生きてて、やるつもりか？」

　武器である両方の鎌を無くして、攻撃してこれるとは思えないが、黒曜丸は後方に跳んで、カマキリ男との距離をとった。

　すると、カマキリ男の斬り落とされた、首と両腕の切断部から、黒いハリガネのようなモノが、不規則にうねりながら這い出し、あきらかに戦闘態勢をとった。

　清泉は驚いていた。

　カマキリなどを宿主とする、ああいったハリガネ状の寄生虫のことは、見たこともあったし知っている。

　寄生虫の中には宿主の行動を支配し、自分の望む場所に誘導するモノがいることも。

　しかし、自らが戦闘行動をとる寄生虫など、見たことも聞いたこともない。

（これも蠱王の国から、意図的に持ち込まれたモノなの？）

　とはいえ、清泉の黒曜丸に対する信頼は揺るがず、必ずなんとかしてくれると信じていた。

「頭も無いのに、闘えるのか？」

　油断をしていたわけではないが、見えている分のハリガネの長さの、倍以上の距離をとって離れていた黒曜丸は、雲斬りを担ぎ直立してそれを見ていた。

　何の前触れも無く、両腕の切り口でうねっていたハリガネが、離れた間合いをものともせずに真っ直ぐ伸びると、二本の槍となって黒曜丸を襲う。

　一本は首元、もう一本は腹を狙ったモノで、黒曜丸は肩を滑らせるように雲斬りを下げ、半身になって二本とも受け流すと、大きく後ろに二歩ほど退がった。

「伸びるのかよ！」

　単純な槍の場合、操者が長さを気取られないように構えたり、握りを変えることで、相手に間合いを読ませず、長さの利点を活かすのだが、このハリガネは身体の中に、どれだけの長さが隠れているのか、見当もつかない上に、おそらく自在に曲がって来る。

「おまけに三対一って…」

「黒曜丸さん、絶対に攻撃を身体に受けないでください！」

　清泉が大きな声で忠告した。

「え？何でですか」

「それは寄生虫なので、卵を産みつけられるかも知れません」

「マジですかぁ⁉︎」

　黒曜丸にも子供の頃、カマキリのお腹からハリガネムシを取り出して、遊んだ記憶があり、身体の中から出してしまえば、地面でうねうね動くだけの、気持ち悪いムシでしかない。

　なので、急所を外して槍を受け、引っこ抜いてやろうという、少し無謀な作戦も考えていた。

「ありがとうございます清泉さん、身体に受けずに、うねうね出来ないくらい、切り刻んでやります！」

　黒曜丸は正眼の位置に雲斬りを構え、

（刃に触れだけでサクッと斬れる！気持ちいいくらい簡単に斬れる！)

　という念（気）を込めると、再び間合いを詰め始めた。

　ある程度の距離まで近づくと、左右の腕のハリガネが、今度は鞭のようにしなって、左右から同時に攻撃して来た。

　黒曜丸は雲斬りを振り上げ、まず左のハリガネの鞭に、ほんの僅かだけ当てて軌道を変え、すぐさま引き下ろして眼前まで来ていた、右のハリガネの鞭防いだように見えた。

　どちらの鞭も当てられた部分から、黒曜丸を巻き込もうと内側にしなったが、黒曜丸の込めた念通り、既にサクッと切断されていたために、半円状にしなった形のまま、クルクルと後方に飛んで行った。

　その瞬間にも黒曜丸は、雲斬りを左右に振り続け、左右のハリガネの鞭を切り刻み、先程の槍の攻撃を受けた位置の手前で、再び跳んで退がって間合いをとった。

　黒曜丸とそいつの間には、切り刻まれ、もがくように蠢くハリガネムシの残骸が、いくつも転がっている。

　既に、ハリガネムシに支配されたカマキリ男には、首から伸びたハリガネムシしか残っていない。

　しかし、その残ったハリガネムシは、ヘビが鎌首を上げるように、首から上に伸びたカラダの先端だけを、黒曜丸に向けて折り曲げると、ゆっくり左右に揺れていた。