第十話
清泉の持った杖は、外観こそ細い竹製だが、中には鋼の鉄針が入っていて、実は護身用の武器である。
幼少時から小柄であった清泉は、近所のガキ大将たちにからかわれ、その連中たちを見返すために、父の蘇童から剣の手ほどきを受けていた。
清泉は運動神経も良く、清泉が女性なのを蘇童が残念に思うほど、剣の筋も良かった。
結果的に、剣の技をガキ大将たちに振るうことはなかったが、半年ほど手ほどきを受けたあとに、その連中から絡まれた時には、体捌きだけでやり過ごし、それ以来からかわれることはなくなった。
蘇童からの剣の手ほどきは、看護の勉強のために王都に行くまで続き、その時点で清泉の実力は、相当なものになっていたという。
黒曜丸は蘇童からそのことを聞いてはいたが、清泉の身のこなしを実際に目の当たりにして、
(天から、頼もし過ぎる片腕を与えてもらった!)
と、改めて清泉を娶えたことに感謝した。
黒曜丸の連れの小柄な女まで、相当な手練れだとわかって、手下数名が逃げ出し、このままやり合っても、黒曜丸はおろか、女の方にすら勝てる気がしない、という空気に包まれている。
(アレを試すしかない!)
山賊の頭は、覚悟を決めて懐に手を入れ、紫の紙で封緘された、陶器の小瓶を取り出すと、封を破って蓋を外して、中に入ったモノを飲み干した。
「グァッ!」
山賊の頭は喉を押さえ膝をつき、口と目を大きく開いて荒い息をしだすと、真っ赤になって苦しみだした。
「アアアァ…」
山賊の頭の顔は、真っ赤からドス黒い紫色に変わり、眼球が大きく膨れ上がった。
更に、虹彩が眼球の白目の部分を覆い尽くすと、急激に瞳孔が増殖し始め、眼球は複眼に変化した。
変化は顔だけではなく、皮膚は硬質化して腕と脚も伸び、全身が紫から枯れた茶色になり、手首から折れ曲がって、その手の先は鎌状に形を変えていた。
さすがに、腹の部分は出現しなかったが、その姿はもはや人ではなく、カマキリのようである。
「何だぁ⁉︎変身しやがった」
山賊の頭の変貌に驚きを隠せず、黒曜丸は清泉をかばうように、半歩下がって身構えた。
獣人や人型爬虫類との闘いは、既に経験済みの黒曜丸ではあったが、昆虫に変身した人間と闘う経験は、初めてのことである。
しかも、左腕を失ってからの復帰初戦で、おまけに相手の纏った気は、強大な全く別物に変化していた。
「さっきの雑魚だった時よりかは、格段に強いんだろうが…」
黒曜丸の言葉に反応するわけでもなく、山賊の頭だったカマキリ男は、不規則に身体を揺らしながら、首を傾げて鎌状に変化した手をなめている。
「
「この方、人に戻れるのでしょうか?」
「優しいなぁ清泉さんは。ですが、コイツはそう出来るとしても、その前に襲って来ます!そうなったら
清泉の期待を裏切るようなことを言ってしまい、黒曜丸は申し訳ない気持ちになったが、今は目の前の未知の脅威から、絶対に清泉を護るという、強い決意でカマキリ男と対峙している。
(右手一本で、どこまでお前を暴れさせてやれっかな…?)
右手に握った愛刀『雲斬り』の柄を、自分の額に当て、黒曜丸は久しぶりの実戦への、期待と不安を語りかけた。
意を決した黒曜丸は、
「清泉さん、コイツをぶん回しますんで、少し離れていてください」
額に当てていた雲斬りを、切先が地面すれすれの位置まで振り下ろし、笑顔の横顔を清泉に見せた。
その大きな動きに、カマキリ男は初めて反応を示して顔を向け、カマキリ特有の黒い偽瞳孔は、じっと黒曜丸を観察しているかのように見えた。
「動けば良かったのか!」
黒曜丸は大太刀の雲斬りを上下に振りながら、ゆっくりとカマキリ男に近づいてみた。
すると、カマキリ男は両の手を胸の前揃えて、じっと黒曜丸を見据えて(いるように見えた)ゆらゆらと揺れ始め、その全身を包み込んだ気の色も、濃く攻撃性をはらんだモノに変化した。
黒曜丸は、大太刀雲斬りを肩に担ぐように乗せて、左足を前に股を割って引く構えると、むやみに飛び込むことは控え、細くゆっくりとした呼吸で、その時を待った。
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