第九話
刃王の国の南に連なる山脈は、隣接する『
蠱王の国も人が統べる国ではあり、国交も交易もあるが、国の特徴や国民性は大きく違っている。
その名の通り蠱王の国は、『
その蠱王の国では、先王が急逝して国主が変わり、新たな王の執った圧政に、国の内外にも影響が出始めていた…。
黒曜丸と清泉の新婚夫婦は、隻腕の元剣士隊隊長『四方幻舟斎』が隠棲している、灯乃津の地を目指して、南の山脈の麓に伸びる街道を、敢えて徒歩での旅をしている。
小綺麗な旅装束に大太刀を背負った、長身で眉目秀麗な美剣士と、小柄で可憐な美しさを醸す女性の道行きは、周囲の人たちの目を集め、羨望の眼差しを向けられた。
当然のことながら、羨望に満ちた目がある一方で、良からぬ感情を持った目からも、注目を集めることになる。
南の山脈の麓の街道は、宿場の付近こそ整備されてはいるが、宿場から離れるにつれ、街道とは名ばかりの、雑木林の中を通る荒れた山道になった。
そんな山道の、少し開けた場所に差しかかろうとした折、黒曜丸は足を止め、
「清泉さん、俺の後ろに」
「ハイ」
清泉にも感じ取れる、雑な気配の消し方をした、七、八人はいるであろうか?二人を取り囲むように雑木林に潜む、気配の主たちに黒曜丸と清泉は備えた。
黒曜丸たちが足を止めたことで、気配の主たちはゾロゾロと姿を現し、二人を取り囲んだ。
「綺麗な顔した兄さんよ、命が惜しかったら、
黒曜丸の真正面に立った、その山賊たちの頭らしき男は、己れの強さに自信があるのか?数の優位をかさにしてなのか?
高らかに、俗っぽい山賊の決まり文句を吐いた。
「命なんか惜しかねぇよ!」
いつ以来であろう?
黒曜丸はその美しい容姿に不似合いな、荒っぽい口調で、
「俺の命より大事な、清泉をよこせだ⁉︎おまけに雲斬りまで、ふざたことぬかしてっと、ブッ殺すぞ!」
鱗王軍との戦いで黒い悪魔と恐れられた、黒曜丸の強大な怒りの闘気は、取り囲んだ賊たちを一瞬で萎縮させた。
(俺の命より大事な清泉…)
黒曜丸の荒っぽい口調や、強大な闘気にも怯むことなく、黒曜丸のその一言に、清泉は頬を染め、ひとり喜びに浸っていた。
「か、頭っ!コ、コ、コイツ、かっ片腕ですぜ!」
いまさらながら、山賊の一人が黒曜丸の左腕が無いことに気付き、どもりながら頭の男に進言した。
「バカ野郎、オメェ今頃気付いたのか?」
頭の男は呆れたように、その手下の男を怒鳴りつけた。
「でっ、でも頭、かっ、か、片腕じゃあんな
その手下の男の言葉は、周りの他の手下の萎縮した心を少し和らげ、今のうちならヤレる!という気持ちにさせた。
それは頭の男も同様だったようで、
「兄さんよ、なめたハッタリかましてくれたな⁉︎命が惜しくねぇなら、望み通りに殺ってやるよ!」
そう言うと腰に差した、少し幅広の、長めの山刀のような刀を抜いた。
「なめたハッタリかどうか、その目でしかと確かめな!」
黒曜丸は右腕を水平に真っ直ぐ伸ばし、手のひらを大きく開くと、
「来い、雲斬り!」
抑えてはいるがよく通る声で、愛刀の大太刀『雲斬り』を呼んだ。
カチっという微かな金属音と共に、大太刀雲斬りは、鞘から真っ直ぐ飛び出して半回転すると、引き寄せられるように、柄から黒曜丸の右手の中に落下した。
黒曜丸は雲斬りをしっかりと握ると、腕をゆっくりと身体の前に持っていき、賊の頭に雲斬りの切先を向け、
「最初がいいか?それとも最後か?」
しかし、その言葉は耳に入らず、山賊の頭と手下たちは、刀がひとりでに抜け、手に収まるという現象に、ただ呆気に取られていた。
「どうした?この尾上黒曜丸が相手じゃ、不満か?」
(尾上黒曜丸ぅ〜⁉︎)
山賊たちはその名前を聞いて、皆、我に返った。
王都から遠く離れたこんな辺境でも、剣士隊の隊長たちの勇名は届いており、その中でも黒曜丸は美貌の猛将として、その名を知られていた。
おまけに、先の鱗王軍が侵攻してきた戦の時には、黒曜丸は一騎当千ぶりを見せ、百をゆうに超える、トカゲの兵士を切り倒したという。
(まずい相手に絡んでしまった…)
手下の数名は、そう思って逃げ腰になり、
(こうなったら、女の方を人質にして…)
他の数名は、山賊らしい下衆な打開策を考え、清泉の近くにいた二人が、それを実行にうつした。
二人の山賊は目配せをして、清泉の左右後方から近づき、同時に清泉の腕を掴もうとして、襲いかかった。
しかし、清泉は軽く地面を蹴ると、後方に跳んで二人の間をすり抜け、同時に手に持った杖で、鉢合わせしそうになった山賊二人の、肩口を正確に打ち据えた。
二人の山賊はその痛みに、手に持った山刀を落とし、膝をついてうずくまった。
「お見事!」
黒曜丸は身体を半回転させて、その二人の山賊を蹴り飛ばすと、二人は悶絶した。
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