第八話

 清泉の父である蘇童将軍は、その時屋敷には居なかったが、帰宅するなり妻から、黒曜丸が清泉に求婚し、それを清泉が受けたことを聞かされた。

 

 そして今、

 緊張した面持ちの黒曜丸と清泉を前に、蘇童は結婚の申し出を受ける、厳格な父親として座っている。

 

 蘇童は、普段からの清泉の態度を見て、清泉が黒曜丸に惹かれていることに気付いてはいたが、黒曜丸も同じ気持ちでいてくれたことに、面にこそ出さないが、少なからず驚き、それ以上に喜んでいる。

 

 旧知の友人である多々羅銅弦が、女性にモテる男であり、当人も女性好きで浮いた噂が絶えず、何度も修羅場を目撃させられたことがあったためか、自分の娘たちの相手には、女性に対して不器用なくらいの男が良いと、蘇童は常々考えていた。

 

 黒曜丸はその美しい容姿ゆえに、かなりの女性人気がありながら、女性より己が強さを求め、強者との対戦や鍛錬ばかりに熱中し、浮いた噂が全く聞こえて来なかった。

 

 蘇童は黒曜丸のことを、剣士隊の選抜試験の時に見て知ってはいたが、実際に面と向かって会ったのは、援軍として駆けつけて来てくれた、鱗王軍との戦いの時が初めてである。

 

 一幅の絵から抜け出たような、長身で眉目秀麗な、その若き剣士隊の隊長は、美しい容姿からはかけ離れた、豪胆で快活な雰囲気を放ち、蘇童と周りの兵士たちを魅了した。

 黒曜丸は鱗王軍との戦闘でも、先陣に立って一番の活躍をし、その行動は豪傑と呼べるものだった。

 

 不運にも黒曜丸が左腕を失なった時、蘇童が療養先として迎え入れたのは、自分の屋敷が近く、看護の心得がある清泉がいたから、という理由だけではなく、黒曜丸の人となりに好感を持っていたことが大きい。

 

 気に入った者にしか刀を打たない、同じ刀匠による刀を持っていることも含めて、蘇童はこの結婚話に、黒曜丸との不思議な縁を感じずにはいられなかった。

 

 さまざまな思いを巡らせながら、蘇童は黒曜丸の不器用だが真摯な、結婚の申し出を聞き、反対をするつもりはなかったが、愛娘を案ずる父親として、聞くべきことを訪ねることにした。

 

「では君は、修行する際の身の回りの世話をさせるために、清泉を嫁にしたいのかい?」

 

「違いますお父様!黒曜丸さんは一人で…」

 反論しようとした清泉を、右手で制し、

「こんな身体ですので、少なからず身の回りの世話は、してもらうことになると思います…」

 

「清泉さんが自分の左腕がわりになってくださるのなら、自分はそれを二度と失わないように、己が全てをもって守り抜きます!」

 

 黒曜丸は、清泉には伝えていなかった想いを、蘇童の前で口にした。

 清泉はその熱い想いに目を潤ませ、黒曜丸の右手を握った。

 

「そうか、それならいい、清泉を幸せに…いや、二人で幸せになってくれ」

 蘇童は相好を崩して、そう優しく言葉をかけた。

 黒曜丸と清泉は一瞬顔を見合わせ、

「ハイ!」

 と、息を合わせて返事をした。

 

 その夜。

 蘇童と黒曜丸は、二人だけで盃を交わしていた。

 

「ところで、修行先の当てはあるのかい?」

「いえ、実はまだ何も決めてません…」

「なら、私の剣士隊の頃の先輩に会ってみればいい」

 

 蘇童の説明によると、その先輩も隻腕で、しかも剣士隊の隊長だったという。

 少し気難しい人物だと言うことだが、黒曜丸は興味を示し、会ってみたい気持ちを蘇童に告げると、蘇童は既に紹介状を書いてくれており、黒曜丸はその心配りに深く感謝し、義父になるのがこの人で本当に良かったと、心から思った。

 

 黒曜丸の父親は、弟の銀嶺郎が生まれてしばらくした頃に、探索の仕事に出て消息不明となっていて、以来会えてはいない。

 黒曜丸には多少の思い出はあるが、妹と弟には父親との思い出は無いであろう。

 

 蘇童という尊敬出来る義父が出来、黒曜丸は改めて清泉を大切にしようという決意を固めた。

 

 

 結婚の許可を得てからも、しばらくの間、黒曜丸は気で雲斬りを抜く訓練を続け、ある程度までは、自在に操れるようになった。

 

 黒曜丸は無頓着であったが、清泉の家族らは、娘の旅立ちを前に、身内だけで行う、ささやかな結婚の宴の準備に、余念がなかった。

 ただし、黒曜丸が自分の家族には、修行を終え完全復活してからでないと、会うことが出来ないと、頑なに決意していたため、尾上家には結婚の報告はされなかった。

 

 

 修行への出立の二日前に、黒曜丸と清泉の結婚の宴は執り行われた。

 

 左腕の失ったとはいえ、高身長で眉目秀麗な黒曜丸の婚礼衣裳姿は、出席した女性陣の目を楽しませるものであったが、純白の婚礼衣裳を纏った清泉も、黒曜丸に見劣りすることのない可憐な美しさで、二人は一対の人形のように映った。

 

 意外にも、美しく着飾った清泉に、最も目と心を奪われていたのは、実は黒曜丸であった。

 

 黒曜丸がいつも目にしていた清泉は、素材こそ上質ではあるが、それらは落ち着いた色合いの、一見すると質素に見える着物を着ており、化粧もしていなかった。

 それでも黒曜丸は、清泉を充分に美しいと感じていたが、今日の清泉は別格である。

 着飾った外見もさることながら、清泉の纏う美しい気が、いつもとは比べ物にならないほど、幸せに満ち溢れた輝きを放っていたからである。

 

 かしこまった場所が苦手な黒曜丸が、緊張もあって幾度か式の作法を忘れ、戸惑いを見せる場面にも、清泉がそれをさりげなく補って、式は滞りなく終わった。

 

 しかし、その後の宴席で、黒曜丸は皆から酒を勧められ、その全てを断ること無く、許容量以上にしこたま飲んだため泥酔し、宴席の終わりを待たずにぶっ倒れた。

 翌日も二日酔いでほぼ動けず、結局、出立は一日延ばされることになる。

 

 義父となった蘇童から、隻腕の元剣士隊隊長『四方よも幻舟斎げんしゅうさい』への紹介状をもらい、新たに家族となった樹家の家族に見送られ、黒曜丸は清泉を伴って、復活への旅に出立した。

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