第六話

 黒曜丸は自分の右手のひらを見ながら、

 

「俺でも出来るのか?うにょ〜ん…」

 

 そう言って、部屋の隅に置いた刀架に立てかけてある、刀袋に入った愛刀の大太刀『雲斬り』の柄を掴む感覚で、右手のひらを向けてみた。

 

 すると、刀架に立てかけた雲斬りが、刀袋ごと柄の方を頭に、黒曜丸の右手に向かって飛んできたのである。

 

「うわっ!」

 驚いた黒曜丸は、反射的に手刀で柄を払ったが、横に払ったせいで雲斬りは半回転し、鞘の部分が黒曜丸の額を直撃した。

「あうっ!」

 額を打たれて、黒曜丸はそのまま後ろに倒れた。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

 清泉はすぐに駆け寄り、黒曜丸を助け起こし、額に怪我がないか確認した。

 

 黒曜丸は清泉に体を預けたまま大笑いして、

「抜き身で試さなくて、良かったぁ…」

 そう言って、眉の上に右手を水平にして当て、

「こっから上が、無くなるとこだったよ」

 大袈裟に安堵した表情を見せた。

 清泉は、その姿を想像して、

「それでも私より、全然背は高いですけどね」

 笑いながら冗談で返した。

 

 

「変だな?今、うにょ〜んって気は出なかったのに???」

 黒曜丸は手のひらを見つめ、首を傾げた

「そうなんですか?」

「ああ、雲斬りの柄を掴むつもりで、手を伸ばしたら、こいつのほうから飛んで来やがった」

 

「そういや、蘇童将軍が見せてくれた時も、斬波のほうから手に掴まれにいってたな」

 黒曜丸の言葉を聞いて、

「そういえば父が前に、斬波の手入れをしながら『この刀は私の気を覚えてくれて、もはや身体の一部なんだ』って、言ってました」

 口元に手をやり、清泉は考え込んだ。

 

「雲斬りが気に呼応するって、そういうことか!」

 黒曜丸は右手を上に伸ばし、雲斬りを振るっていた頃の感覚を思い出してみた。

 

 すると、黒曜丸の傍らに置かれた刀袋に入った雲斬りが、カチカチと切羽を鳴らし、柄の側から立ち上がって、黒曜丸の手の中に飛び込んだ!

 

 すかさず雲斬りの柄をを握った黒曜丸は、

「来たか、相棒!待たせたな」

 そう言って、以前のように雲斬りを右肩に担いだ。

 

 清泉はその不思議な光景と、初めて会った時と同じ、周りを圧倒する覇気を放つ黒曜丸に、感動し見とれてしまった。

 そして、

「すみません、私、間違ってたみたいです」

 黒曜丸に頭を下げた。

 

「何がですか?」

「黒曜丸さんが知りたがっている気を『導気』って言ったことです」

「これって『導気』じゃないんすか?」

「ハイ、おそらく気の分類の最後の一つ、『神気』にあたるかと」

 

 清泉は教本をめくり、

「文字通り『神気』は、神の力が加わっているとしか思えない神秘の気で、わかっていないことも多くて、神気の章はこれだけです」

 と、教本を二枚だけつまんで見せた。

 

「『神気』か、『導気』より強くてカッコ良さげでいいすね!」

 元々、考えて気を扱ってなかった黒曜丸には、神秘の気という簡単なくくりが、とても受け入れやすかったようで、納得してご満悦だった。

 

「モノに気を込める時にも、やはり相性があるので、それの最たるものなんでしょうね」

 清泉のその言葉に、

「人の場合は?俺と清泉さんの気は、相性良いんですか?」

 と、黒曜丸自身は深く考えもせずに聞いたが、少なからず黒曜丸に好意を寄せている清泉にとっては、かなり深い意味を持った言葉だった。

 

「そ…そんなことを意識して、治療してたわけではないので…」

 頬を紅潮するのを感じて視線を外し、最後の方はやっと聞き取れるくらいの声で、清泉は答えた。

 

「じゃ、意識してお願いします」

 

 黒曜丸はすくい上げるように、清泉の左手を取ると、

「俺、清泉さんの綺麗な気の色好きだから、相性が良いと嬉しいんですけど…」

 真っ直ぐに清泉の目を見て、無邪気な笑顔を見せた。

 

 黒曜丸の名誉のために言っておくと、清泉には申し訳ないが、口説くつもりもたぶらかすつもりも一切無く、ただ思ったことを口にして行動しているだけの、アホである。

 

 とはいえ、当然清泉は動揺し、

「え?あの…、え?え?」

 真っ赤になって、混乱し思考停止した頭で、しどろもどろに声を発するだけだった…。

 

 そんなことはお構いなしに黒曜丸は、

「俺からも送った方がいいっすかね?やったこと無いけど…」

 そう言うと黒曜丸は、軽く握った清美の手から、自分の気を送り込むことを意識した。

 

 軽く握られただけの左手から、力強く激しい、それでいて温かくて優しい気が、全身の隅々に行き渡る感覚に、戸惑っていた気持ちも徐々に薄れ、清泉は目を閉じた。


 清泉は黒曜丸の気を自然体で受け入れ、身体中を巡った気を、打ち寄せた波が返すように、自分の気を重ねて黒曜丸に送り返した。

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