第五話
黒曜丸は、その宣言通り圧倒的な強さで優勝し、剣士隊に配属されて一年足らずで、剣士隊の隊長に抜擢された。
清泉は王都にいる間、何度か巡回する黒曜丸を見かけたが、当然ながら黒曜丸が清泉に気づくことはなかった…。
「前から聞こうと思ってたんすけど、清泉さん王都にいたことありますか?」
「嫁に…」の話はなかったかのように、黒曜丸は話を変え、清泉に聞いた。
清泉は急に変わった話題に、一瞬呆気にとられたが、
「ハイ、看護の勉強のために二年いました」
「もしかして俺らって、会ったことないっすか?選抜試験会場とかで…」
清泉は驚いた!
黒曜丸は美しき剣士隊の隊長として、刃王の国では有名で、清泉はその一度の邂逅を忘れることはなかったが、多くの女性の憧れの的で、いつも女性たちに囲まれていた黒曜丸が、四年も前の自分のことを覚えていたなんて、すぐには信じられなかった。
「ハイ…でも、ほんの一瞬だけだったので、黒曜丸さんが言われてる方が、私なのかはわかりませんけど…」
黒曜丸は一瞬考え込んでから、
「そうっすね、勘違いだったらすみません、俺が覚えてるのは…」
黒曜丸は清泉が覚えている記憶通りの話をした。
「ええ、その方を治療してたのは私です…」
清泉は嬉しかった。
腕の治療をするようになって、最初は心を開いてくれなかった黒曜丸が、次第に自分に打ち解けてくれて、粗野だが真っ直ぐな性格と、正直で優しい一面に惹かれ始めていただけに、出会いの記憶を共有していたことに、改めて喜びを感じていた。
「でも、すごい記憶力ですね」
そう言ってしまってから、その言葉に含まれる、嫉妬心と自分を卑下する感情に、清泉は自己嫌悪した。
「綺麗だったんですよ、治療してる時の気の色が!だから、普段は女の顔なんて、ちゃんと見ないし覚えないんすけど、清泉さんの顔は…」
途中の女性蔑視的な発言はさておき、黒曜丸は柄にもなく、照れ臭そうにそう言って笑った。
「気の色が、綺麗…」
自分では見ることが出来ないものだが、黒曜丸にそれを綺麗だと褒められ、記憶にまで残っていた。清泉にとっては、これ以上ない賛美であり喜びであった。
「それって『療気』が癒しの気だからなんでしょうね?」
「いや、ケガは日常茶飯事だったんで、気の治療はいっぱい受けたけど、綺麗だと思って覚えてるのは、清泉さんだけっすよ」
浮かれ過ぎずに、冷静になろうとした清泉であったが、黒曜丸は素直かつ大馬鹿正直に答え、清泉の心にとどめをさした。
「わ、私…な、何か飲み物を持ってきますね…」
真っ赤になった顔を見られないように、うつむきかげんで、清泉はそそくさと部屋から出て行った。
黒曜丸は、そんな清泉の後ろ姿を、普段は見せることのない、優しい表情で見送った。
飲み物を取りに来たついでに、清泉は井戸の水で濡らした、冷たい手拭いで顔の火照りを冷まし、
「この後は、黒曜丸さんが一番知りたがってる『導気』、動揺なんかしてないで、ちゃんと説明しなきゃ…ウン、大丈夫…ウン、大丈夫!」
そう自分に言い聞かせるように、小声で何度も呟いた。
飲み物を持って戻ってきた清泉は、黒曜丸に冷やしたお茶を渡すと、今度は黒曜丸の隣ではなく、文机の向かい側に黙って座った。
「では、気の説明の続きをしますね」
清泉は教本の『導気』の章を開いて、黒曜丸に見えるように向けた。
「おそらく黒曜丸さんが身につけたいと思われているのが、この『導気』です。『導気』は字の通り、気を使って物を掴んだり、自由に動かしたりする、気の高等技術です」
「ムチにするとかもそうか?」
黒曜丸は弟の銀嶺郎の技を思い出し、清泉に尋ねた。
「はい、私にはこの程度しか出来ませんが、たとえばこんな感じに…」
そう言うと、清泉は目の前に置かれた、冷たいお茶の入った器を、広げた両手の間に置いて気を込めた。
すると、茶碗は小刻みに揺れながら、少しずつ宙に浮き上がった。
清泉には気が見えないため、あくまでイメージで操作しているのだが…、
黒曜丸の目には、清泉の美しい色の気が手のひらから伸びて、茶碗を下から支えるように持ち上げているのが見えている。
「なるほど、うにょ〜んと出して、包み込む感じですね!」
言い方は独特だが、自分のやろうとした気の操作を、ちゃんと言い当てられ、
「やっぱり見えるってすごいですね」
清泉は感心と共に、うらやましさを感じた。
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