第四話

「一言で気という言い方をしてますが、その使い方や性質によって、おおまかに五つに分類されています」

 

 文机に教本を置き、清泉は黒曜丸と並んで座り、気の成り立ちの説明を始めた。

「一番基本になっているのが『生気』で、字の通り生きるために必要な力の源で『元気』『活気』とも呼ばれています。気とは力だと思っていただくと、解りやすいかも知れません」

「なるほど、力か!うん」

 黒曜丸はそう言って数回頷くと、次を促すかのように清泉に熱い…いや、かなり熱苦しい視線を送った。

 

 決して嫌な気分ではないのだが、清泉は見つめられる気恥ずかしさから、

「黒曜丸さん、教本を見てください…」

 教本を指差して促した。

「おお、すみません清泉先生」

 

 

「次は。黒曜丸さんもよくご存知な『闘気』です。闘気は生気を高めたもので、主に闘争心と連動して、大幅に身体能力を向上させてくれたり、一時的に痛みや疲れを忘れさせたりもします」

「うむ、強敵を前にした時に、一気に力か湧いてくるアレだな!メラメラたち登ったり、光って見えるヤツだろ?」

 美しい容姿に似合わない、バカっぽい言い方ではあったが、清泉は驚いた様子で、

「黒曜丸さんは気が見えるんですか?」

 そう問いかけた。

「え?みんな見えてるんじゃないの?」

「いえ、父は見えるようですけど、私は感じるだけで、見えるところまでは…」

 申し訳なさそうにそう言った清泉に、

「ヘタに見えるより、感じてわかるくらいの方が、優しく慎重に接しられて、いいのかもな!ほれ、猿とか目ぇ合わせるだけで、襲って来やがるし」

 と、黒曜丸がよくわからない励まし方をし、清泉も笑顔になった。

 

「猿って、黒曜丸さん襲われたことあるんですか?」

「ありますよ何度も!目ぇ逸らしたら負けですから!」

 大真面目にそう答える黒曜丸の真剣な表情に、清泉は猿と睨み合ってる黒曜丸の姿を想像して、思わず吹き出した。

 

「おおっ、清泉さんもそんな風に笑うんですね」

 そう言って黒曜丸は清泉を見つめ、

「その笑顔、俺は好きっス!」

 と、嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。

「あ…ありがとうございます…」

 語尾は消え入るような声で礼を言うと、赤くなった顔を隠すように、清泉は目を逸らした。

 

 

「えっと、闘気の説明はしたので、次は『療気』ですね」

 少し顔の火照りもおさまり、動揺した自分を隠すかのように、清泉は平静を装って気の説明を続けた。

「療気は治癒の気で、相手に自分の気を与えて、回復を早める手助けをする気です」

「清泉さんが俺にしてくれたやつですね」

「ハイ、ただ、やみくもに気を与えるだけだと、逆に悪化させることもあるので、気を同調させる技術が必要になります」

「じゃ清泉さんも、俺の気と同調させて、治療してくれたんすね!馬鹿が伝染うつりませんでしたか?」

 自覚があるのか?冗談なのか?黒曜丸は明るい口調でそう言った。

 その空気につられて、清泉はつい、

「伝染ってたら、責任とってもらえるんですか?」

 と、深い意味はなく、冗談で返した。

 

「嫁にもらえということですか?」

 

 黒曜丸は真剣な表情で、清泉を見つめた。

 清泉は目を丸くして、さっき以上に顔を赤く染めて黒曜丸を見ると、

「よ、嫁っ⁉︎ちちち、ちが…」

 馬鹿は伝染ってないので、その必要はないのだが、清泉は動揺して言葉に詰まった。

 

 

 清泉は、黒曜丸が左腕の失って、この家で療養することになる前から、黒曜丸のことを知っていた。

 もちろん知人というわけではなく、看護の勉強のために王都にいた時に、剣士隊の選抜試験会場で、参加していた黒曜丸と、少し接しただけであるが…。


 

 四年前の刃王の国、王都『白鞘』。

 

 選抜試験会場の救護要員として、看護の学校の生徒も駆り出され、清泉はその場にいた。

 背が高く美しい顔立ちの選手が、圧倒的な強さで勝ち上がっていると、怪我をした選手たちそっちのけで、同級の看護生たちが噂している声を聞きながら、清泉は治療にあたっていた。

 会場の特別観覧席には、父親の蘇童将軍もいるはずであるが、清泉は勉強に専念するため、蘇童将軍の娘であることを隠して王都に来ており、父に会いたくないわけではないが、会場に近寄るのは避け、ついさっき運ばれてきた選手の、鎖骨の怪我の具合を気で探っていた。

 

 そんな時、救護所の外が急に騒がしくなり、同級の看護生たちがいろめき始めた。

 すると、長身で均整のとれた体格をした、選手と思われる一人の男性が入って来た。

 

「おお、いた!」

 その男性は大きな歩幅で、清泉の方に近づいて来ると、清泉の看ていた選手に、

「大丈夫か?木刀を折るつもりはなかったが、勢いあまって身体に当ててしまった…本当にすまん!」

 そう言って深く頭を下げると、清泉に対して、

「どんな具合ですか?骨は大丈夫ですか?」

 膝をついて目線を合わせて聞いてきた。

 

 その男性のあまりに端正で美しい顔立ちに、清泉は思わず息を飲み、他の看護生たちが騒ぐのも無理はないと納得した。

 とにかく動揺せずに、自分の本分を全うしようと、冷静な対応を意識した。


「正確な判断は出来ませんが、鎖骨にヒビが入っているようです」

「そうですか、ヒビなら敗者復活戦に出られるように…」

 と、食い下がろうとしたのを、治療を受けていた選手が、手を上げて制した。

「気にするな、お前は強い!優勝しろよ」

 

 美しい顔立ちの男性は、何か言おうとしたが言葉を飲み込み、意思の強そうな不敵な笑顔を見せ、

「当然だ、圧勝してくるわ!」

 そう言って背中を向けると、右拳を上げ、入って来た時同様に大きな歩幅で、颯爽と立ち去った。

 

「あの、今の方は?」

 清泉は治療をしている選手に尋ねた。

「知らないんですか?」

 

「尾上黒曜丸、化け物ですよ!」

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