第三話
「萬伝翔先生の打たれた刀は、気との相性が良いことは知っていると思う。ちなみに私の『斬波』は、気に呼応することで、刀身の三倍先まで斬ることが可能だ」
黒曜丸は離れに戻ると、蘇童将軍が自分のために考えてくれていた、片腕の黒曜丸が、大太刀『雲斬り』を扱う方法を思い返していた。
「片腕で大太刀を扱うのは、まず抜刀するだけでも大変で、正直なところ無理があると言わざるを得ないが、『雲斬り』は伝翔先生の作!鍛練次第で気で抜くことが出来るはず」
そう言うと、蘇童将軍は『斬波』を手に取ると気を纏わせ、鯉口を切ったあとに、柄を持たずに抜いた位置まで右手を伸ばした。
そして、気で『斬波』を呼び込むと、鞘から抜けた『斬波』は、吸い込まれるように右手に収まっていた。
これは気自体を伸ばして掴む方法とは別物で、己れの思い描いた気の動きに、刀の方が呼応してくれるといったものである。
萬伝翔の鍛えた刀は、刀剣としても超一級品であるが、その最大の特徴は持ち手の気を覚え、使えば使うほどその主の刀として、カスタマイズされることにある。
故に、伝翔は自身が気に入った者にしか刀を打たない癖の強い刀匠で、三年前に黒曜丸のために打った『雲斬り』が、現時点で最新作でもあった。
「あれが俺に出来るのか…?」
黒曜丸は離れの部屋に戻ると、目の前に返してもらった大太刀『雲斬り』を置き、胡座をかいて座りながら、そうつぶやいた。
黒曜丸は端正な容姿とは裏腹に、大雑把な性格で繊細なことが苦手であった。
大太刀『雲斬り』にも、黒曜丸は意識して気を込めたことがなく、大岩を真っ二つにする時も、気合いを入れてぶった斬る!そんな感じであった。
(そもそも、気って何だ?)
相手と闘う際に気合いを入れると、全身に熱い何かが行き渡って、力がみなぎる感覚はいつも感じてはいるが、それが気なのか?
強い奴から立ち登る、人によって形や色の違う光るアレもそうなのか?
敢えて意識したことがなかったため、黒曜丸は、自分が目にしていたものが、気であることすら気づいていなかった。
そういえば弟の銀嶺郎は、刀の先端から長く伸ばした光る何かを、ムチのように扱っていた。
「銀の奴なら、簡単にやってのけるんだろうな…」
せっかく蘇童将軍から教えてもらった、片腕で『雲斬り』を扱う打開策を、どう稽古すれば良いのかわからず、黒曜丸は途方にくれてしまった…。
「あの、よろしいでしょうか?」
障子越しに清泉が声をかけてきた。
「どうぞ、入ってください」
来た頃とは打って変わった、明るく張りのある声で、黒曜丸は返事をした。
「まだ、飯には早いのに、どうしたんですか?」
「父から伺うように言われたんですが…?」
「蘇童将軍から?」
「ハイ、困ってたら手伝うようにと」
その清泉の言葉で、黒曜丸は蘇童将軍の意図を理解した。
蘇童将軍は、大太刀『雲斬り』の手入れをすることで、持ち主である黒曜丸の気の送り方を読み取り、この大太刀が繊細さとはほど遠い、豪快な気の込め方しかされず、気に関しては、雑に扱われていたことに気づいていたのだ。
そして、清泉は医療看護の心得があり、黒曜丸の失った腕の傷を癒すため、ずっと気で治療をし続けた、いわば、繊細な気の扱いの専門家である。
「清泉さんは、気の扱い方に詳しいですよね?」
黒曜丸はキラキラした眼で、清泉に近づくと、そう尋ねた。
「詳しいってほどではないですが…医療の関係で少し勉強はしました」
黒曜丸に真っ直ぐ見つめられ、清泉は鼓動が早くなり頬が熱くなるのを感じて、恥ずかしさに視線を外した。
「じゃ、俺に教えてくれませんか?」
そう言って、土下座のように頭を下げた黒曜丸に、
「頭を上げてください、お教えしますから」
困って仕方なく、というような言い方になってしまったことに、清泉は申し訳なさを感じながらも、また黒曜丸の役にたてることが嬉しかった。
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